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本日、福岡県直方市の須賀神社へ神宝「直方隕石」を見に行きました。
直方隕石は須賀神社の秋季神幸大祭に合わせて5年に一度公開されるもので今回で4回目の一般公開です。
須賀神社の神宝「直方隕石」  平成23年10月22日_d0163575_20232423.jpg

午前9時過ぎ、神事を終えて社殿前に姿を現した「直方隕石」

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上から見た隕石

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側面から 朱が混じった濃い茶色

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正面から 隕石の表面は粒立ったザラザラ感のところと溶融皮膜じみたところがある
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20分ほど社殿前で公開されたのち、鳳輩(ほおれん)に安置され、お旅所(稲荷神社)へと向かいました。

FBS福岡放送のスタッフも取材に訪れていました。ビデオを撮りながら盛んに質問していたのはアナウンサー古賀ゆきひと氏。

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取材するスタッフの後ろは「直方隕石碑」

古賀アナウンサーはアマチュア天文家としても知られ、多くの天文関連の番組を手がけています。因みに北海道北見で箭内政之氏と渡辺和郎氏が発見した小惑星17516 は「Kogayukihito」と命名されています。
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碑の詳細は「いるか書房本館」http://irukafu.starfree.jp/D010/noogatainseki.htmでご覧いただけます。

明日(10月23日)は、お旅所の神庭で公開後、下境地区を巡幸して須賀神社へ向かう予定です。

なお、次回の公開は → 2016年10月22・23日です。
誌名「文化建設」だけではどのような内容かわからないが、小さく印刷された「科学季刊」の文字に気づき、表紙の人物が数学者ガウスであることが分かればおよその見当は付いてくる。
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奥付を見ると発行日は「中華民国三十五年」とあって、これは「昭和21年」に当たる。発行所は「経緯学会」で住所は「京都市左京区銀閣寺町」となっている。

誌面は「創刊詞」を始めとして全ページ中国語で書かれていて、記事内容は大体の見当はつくものの日本人向けの雑誌ではないことは確か。記事タイトルは下記のとおりで、このうち独自の記事の著者3名と翻訳者は全員日本人ではないようですが詳細不明。

終戦の翌年に日本に於いて中国語で発刊された科学雑誌があるとは思いもよらず、「経緯学会」についても全く不明。

「初等複素函数論」高橋進一著・陳来峰訳/「近世数学史譚」高木貞治著・崇正訳/「太陽内部構造論 与 現代原子物理学」房頴泰/「物理学的世界」湯川秀樹著・冽水訳

「電話伝達工学的基礎知識」道田貞治著・本堅訳/「家畜飼養的基本知識(上)」呉維中/「日本産業概況」受天/「慎獨」徳永清行著・元放訳/「新星之出現」藪内清著・凌雲訳

「愛因斯坦論原子炸弾」清川訳/「美術介紹 世界最古的図画」國城/そのほか詩が数編掲載されています。いずれの記事も一般読者を対象としたとは思えないほどの詳述ぶり。

目次の終わりから二つ目の「愛因斯坦」はアインシュタインで、原著者はRaymond Swing、出典は「リーダーズ ダイジェスト1945年12月号」です。

また、「太陽内部構造論」の房頴泰は「創刊詞」の執筆者でもありますので、創刊号の刊行に深くかかわった人物、あるいは執筆者代表とか「経緯学会」関係者とかいろいろ想像します。・・・が、やはり詳細不明。「太陽内部構造論」は一般読者への啓蒙というよりは、研究者、乃至学生向けに書かれているように感じられます。

このことから房頴泰氏は科学ジャーナリストというよりも原子物理学などの専門家なのかも・・・。

「電話伝達工学的基礎知識」「家畜飼養的基本知識(上)」「日本産業概況」にしても到底一般読者を意識して著述しているとは思えない専門的内容も含まれているので、「文化建設」は経緯学会会員や学術団体・研究者などの限られた人々へ配布された雑誌ではないかと推測します。

徳永清行の「慎獨」と藪内清の「新星之出現」は(特約稿)となっていますので、この創刊号のための依頼記事なのでしょう。

徳永清行氏は「支那中央銀行論」や「新中国の金融機構(共著)」などの著作がある経済学者、藪内清氏もまた「支那の天文学」「支那数学史」「中国の天文暦法」など多数の中国科学史関連の著作を持つ天文学者。二人とも京都帝国大学出身は偶然なのか。それとも経緯学会の編集部が京都市内に置かれていることと関連があるのかどうか。

「新星之出現」は、記事冒頭で昭和21年2月の「かんむり座T星」の増光(再発新星の発見)を紹介し、次いで「ティコの新星」「ケプラーの新星」に移り、両新星について解説ののち新星観測の意義などが説かれています。

最後に表紙に書かれた献呈署名について。

左側は謹呈者房頴泰で右上は「堀川辰吉郎先生」となっています。この稿では「詳細不明」とばかり書いていますが、房頴泰と堀川辰吉郎との関係も詳細不明。
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また、堀川辰吉郎の出生も不確かなことが多く、これも詳細不明。・・・が、幼少年期は井上馨や玄洋社の頭山満の庇護のもとに過ごし、10代後半には当時日本に亡命していた孫文の知遇を得て大陸へ渡り、孫文と行動を共にして辛亥革命に参加した大アジア主義を掲げる人物、であるとのこと。

のちに中華民国の道教系の修養・慈善事業団体の「世界紅卍字会(せかいこうまんじかい)」の会長に就任するなど中華民国との関係浅からぬゆえ、学術の面に於いても相応の人脈を維持していたのだろう。


科学季刊 文化建設 第一巻第一期(創刊号)
中華民国三十五年八月十日 印刷
中華民国三十五年九月一日 発行
編輯者 経緯学会「文化建設」編輯部
発行者 呉煥棟
発行所 経緯学会 京都市左京区銀閣寺町十一番地
印刷所 天理時報社 代表者 岡島善次 奈良県丹波市町
18.5×26cm/90ページ


なお、裏表紙には「中華民国三十五年十月一日印刷 中華民国三十五年十月十日発行」と印刷されています。また、経緯学会編輯部と同じ番地で寄稿は「松本方」へとなっています。
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「創刊詞」の前ページに掲げられたドイツの画家オットーウベローデ(Otto Ubbelohde )の版画
自然科学だけでなく、文学・芸術面でも文化建設していた模様。
神田茂氏主宰の「神田天文学会」総報の第1号です。

青焼きの文字が薄れて非常に読みづらい、と言うか読めないと思いますので、最初の数行を書き写します。カナ交じりで読みにくいでしょうが、改行せずにそのまま転記します。
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         神田天文学会 総報(1) 昭和20 Ⅵ 18
 
                発会ノ趣旨

筆者ハ二十数年間東京天文台ニテ天文関係ノ仕事ニ従事シテ来マシタガ 同所ニテハ自己ノ所信ヲ実行スルコトガ難シイノデ 二年前天文台ヲ辞シ 其後微力乍ラ回報其他ヲ天文関係者ニ配布シテ来マシタ。 最近日本天文学会其他ノ報導機関ガ殆ンドソノ機能ヲ停止セントスル状態ニアルコトハ東亜天文学界ニトリテ誠ニ遺憾デアリマス。 此時ニ当リ東亜ノ天文同好者ノタメニ神田天文学会ヲ創立シ 回報其他ノ刊行ヲ会ノ仕事ニ移サウト思ヒマス。 現在ニ於ケル逐次刊行物ハ次ノ通リデ コノ総報第1号ヲ以テ会則ニカヘマス。

このあと、「総報」「回報」「東亜天文学史小報」「変光星速報」「天文研究仮報告」の性格付けの説明に入っています。

「総報」は「天文一般ノ報導機関トシテ会員全部ニ配布」し、「回報」は彗星、小惑星、変光星、流星、掩蔽、太陽等の予報・観測資料等を掲載、「一昨年Ⅸ月ヨリ現在マデニ129号ヲ刊行シテヰマス」とのこと。

「東亜天文学史小報」は、「東亜特ニ日本ニ於ケル天文学史研究促進ノ為 天文学史関係ノ資料ヲノセルモノデ昨年八月以降44号ヲ刊行シテヰマス。」 

また、「変光星速報」は、葉書での速報で、「本年Ⅱ月ヨリ最近マデニ11号ヲ刊行」し、「天文研究仮報告」は、天文研究資料を専門家に提供するもので、ごく少部数刊行、「本年Ⅴ月ヨリ現在マデニ10号15頁ヲ刊行シテヰマス。」と書かれています。


つづきます。
昨日(10月5日)、「アインシュタイン展」のメインは「旧門司三井倶楽部」と書きましたが、各会場はそれぞれテーマを持って纏められていますので、どこから見ても良いようになっています。

「旧門司三井倶楽部」の1Fのテーマは「アインシュタインの見たニッポン」で、来日に至るまでの経緯、乗船した豪華客船「北野丸」での様子、北野丸の晩餐会のメニュー、北野丸乗船中にアインシュタインを治療した九州帝国大学医学部教授・三宅速との親交、滞在中に交流した人々、来日した大正11年の日本の社会、等々。
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大正11年12月24日 「西部毎日」の新聞紙面

「旧門司三井倶楽部」の2Fは常設会場で、アインシュタインは43日間の滞在中最後の講演会開催地となった福岡市へ向かう前夜と講演会終了後、離日するまでの数日間をこの「旧門司三井倶楽部」で過ごしています。当時のベッドルームや浴室を再現し、アインシュタインメモリアルルームとして常時見学できるようになっています。また、作家・林芙美子の資料室も常時併設されています。
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ベッドルームと浴室

「旧門司三井倶楽部」のすぐ近くの「旧大阪商船」1F会場のテーマは、「ありのままのアインシュタイン/世界観を変えた革命児」です。
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旧大阪商船の会場入り口

ドイツ国籍放棄後の21歳のときの「スイス兵役免除」の書類、1914年にドイツに戻ったのち、1922年にノーベル賞を受賞したあとにドイツ政府が発行した「ドイツのパスポート」、「高校の成績証明書」「一般相対性理論の基礎を固めていた時のノート」「光の屈曲を確認した1919年日食」「光の屈曲について意見を求めたジョージ・ヘイルへの手紙」「ノーベル賞メダルと賞状」「論文原稿」その他多くの手紙類、などで構成されています。
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チューリッヒ時代のノート

「関門海峡ミュージアム」の会場のテーマは「平和主義者アインシュタイン/杉元賢治コレクション」です。

マハトマ・ガンジーや心理学者ジークムント・フロイト、思想家タゴール、新渡戸稲造らとの交流、ルースーベルト大統領との往復書簡等を通じてアインシュタインの戦争・原爆・平和への想いに触れることの出来る展示構成です。

また、「杉元賢治コレクション」は、アインシュタインの研究に情熱を傾けた近畿大学教授・杉元賢治(1947-2006年)の膨大な「アインシュタイン関係コレクション」のなかからアインシュタインを描いた切手・コイン・メダルの数々やキャラクター小物などの関連グッズの紹介展示です。
門司港レトロで開催されています「アインシュタイン展」に行ってきました。
詳細は後日に譲るとして、とりあえず会期が終わる前にご案内します。
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会場はレトロ地区の三ヵ所に分かれていますがメインは「旧門司三井倶楽部」です。入場券は三ヶ所共通です。(旧門司三井倶楽部は一階と二階に分かれていますので、合計四ヵ所)
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会期は9月3日~10月10日です。