誌名「文化建設」だけではどのような内容かわからないが、小さく印刷された「科学季刊」の文字に気づき、表紙の人物が数学者ガウスであることが分かればおよその見当は付いてくる。
奥付を見ると発行日は「中華民国三十五年」とあって、これは「昭和21年」に当たる。発行所は「経緯学会」で住所は「京都市左京区銀閣寺町」となっている。
誌面は「創刊詞」を始めとして全ページ中国語で書かれていて、記事内容は大体の見当はつくものの日本人向けの雑誌ではないことは確か。記事タイトルは下記のとおりで、このうち独自の記事の著者3名と翻訳者は全員日本人ではないようですが詳細不明。
終戦の翌年に日本に於いて中国語で発刊された科学雑誌があるとは思いもよらず、「経緯学会」についても全く不明。
「初等複素函数論」高橋進一著・陳来峰訳/「近世数学史譚」高木貞治著・崇正訳/「太陽内部構造論 与 現代原子物理学」房頴泰/「物理学的世界」湯川秀樹著・冽水訳
「電話伝達工学的基礎知識」道田貞治著・本堅訳/「家畜飼養的基本知識(上)」呉維中/「日本産業概況」受天/「慎獨」徳永清行著・元放訳/「新星之出現」藪内清著・凌雲訳
「愛因斯坦論原子炸弾」清川訳/「美術介紹 世界最古的図画」國城/そのほか詩が数編掲載されています。いずれの記事も一般読者を対象としたとは思えないほどの詳述ぶり。
目次の終わりから二つ目の「愛因斯坦」はアインシュタインで、原著者はRaymond Swing、出典は「リーダーズ ダイジェスト1945年12月号」です。
また、「太陽内部構造論」の房頴泰は「創刊詞」の執筆者でもありますので、創刊号の刊行に深くかかわった人物、あるいは執筆者代表とか「経緯学会」関係者とかいろいろ想像します。・・・が、やはり詳細不明。「太陽内部構造論」は一般読者への啓蒙というよりは、研究者、乃至学生向けに書かれているように感じられます。
このことから房頴泰氏は科学ジャーナリストというよりも原子物理学などの専門家なのかも・・・。
「電話伝達工学的基礎知識」「家畜飼養的基本知識(上)」「日本産業概況」にしても到底一般読者を意識して著述しているとは思えない専門的内容も含まれているので、「文化建設」は経緯学会会員や学術団体・研究者などの限られた人々へ配布された雑誌ではないかと推測します。
徳永清行の「慎獨」と藪内清の「新星之出現」は(特約稿)となっていますので、この創刊号のための依頼記事なのでしょう。
徳永清行氏は「支那中央銀行論」や「新中国の金融機構(共著)」などの著作がある経済学者、藪内清氏もまた「支那の天文学」「支那数学史」「中国の天文暦法」など多数の中国科学史関連の著作を持つ天文学者。二人とも京都帝国大学出身は偶然なのか。それとも経緯学会の編集部が京都市内に置かれていることと関連があるのかどうか。
「新星之出現」は、記事冒頭で昭和21年2月の「かんむり座T星」の増光(再発新星の発見)を紹介し、次いで「ティコの新星」「ケプラーの新星」に移り、両新星について解説ののち新星観測の意義などが説かれています。
最後に表紙に書かれた献呈署名について。
左側は謹呈者房頴泰で右上は「堀川辰吉郎先生」となっています。この稿では「詳細不明」とばかり書いていますが、房頴泰と堀川辰吉郎との関係も詳細不明。
また、堀川辰吉郎の出生も不確かなことが多く、これも詳細不明。・・・が、幼少年期は井上馨や玄洋社の頭山満の庇護のもとに過ごし、10代後半には当時日本に亡命していた孫文の知遇を得て大陸へ渡り、孫文と行動を共にして辛亥革命に参加した大アジア主義を掲げる人物、であるとのこと。
のちに中華民国の道教系の修養・慈善事業団体の「世界紅卍字会(せかいこうまんじかい)」の会長に就任するなど中華民国との関係浅からぬゆえ、学術の面に於いても相応の人脈を維持していたのだろう。
科学季刊 文化建設 第一巻第一期(創刊号)
中華民国三十五年八月十日 印刷
中華民国三十五年九月一日 発行
編輯者 経緯学会「文化建設」編輯部
発行者 呉煥棟
発行所 経緯学会 京都市左京区銀閣寺町十一番地
印刷所 天理時報社 代表者 岡島善次 奈良県丹波市町
18.5×26cm/90ページ
なお、裏表紙には「中華民国三十五年十月一日印刷 中華民国三十五年十月十日発行」と印刷されています。また、経緯学会編輯部と同じ番地で寄稿は「松本方」へとなっています。
「創刊詞」の前ページに掲げられたドイツの画家オットーウベローデ(Otto Ubbelohde )の版画
自然科学だけでなく、文学・芸術面でも文化建設していた模様。