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12月22日は冬至。

冬至といえば「カボチャ」ということで、本日は豊前地方の特産品「三毛門かぼちゃ」を紹介します。

下の写真は、JR三毛門駅の駅舎前ロータリーに置かれた巨大なカボチャのオブジェです。

実際、「三毛門かぼちゃ」は大きなものでは重さ7kgほどにも成長する巨大品種です。

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2017年8月22日撮影 ↑


三毛門村史(昭和29年)に『天正5年頃(1577年頃)印度カンポチャ国人が当時の城主大友宗麟に種々のものを献上した。その中に南瓜があった。』と記され、『三毛門村の人で緒方氏という土豪が南瓜の種を持ち帰り、三毛門村に撒いたところ土質に適し結実した故試食してみれば甘味きわめて強い、以来適地適作として多く栽培するに至った。』

とあって、これが「三毛門かぼちゃ」の由来。

南瓜(ニホンカボチャ)は中央アメリカが原産地で、日本渡来については諸説あるものの、大友宗麟へ献上された「宗麟南瓜」がその最初のようで、豊後地方で栽培されていた「宗麟南瓜」が豊前の三毛門地区に伝わり福岡県豊前市三毛門で栽培されるようになったものが「三毛門かぼちゃ」とのことです。


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約20年前に設置されたこの看板は、老朽化のためにすでに撤去されています。 ↑ 2017年8月22日撮影

看板には「昭和21年に三毛門南瓜音頭おどりが誕生した」とあり、「緑の畑におへそをだして 生まれたカボチャの赤ちゃんは まるい顔して笑います 三毛門南瓜は可愛いかぼちゃ」とあります。


三毛門かぼちゃを紹介する新しい看板は、三毛門駅前にある三毛門南瓜保存会事務所壁面に説明の内容を充実させて2017年10月18日に設置されています。

毎年春に保存会の皆さんの協力のもと、三毛門小学校の三年生たちが播種し二学期の最初頃に体験収獲を行っています。


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とりあえず画像のみUPします。
文章はまた後日に。
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宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にカラスウリが七回登場します。

その最初は放課後の校庭でカンパネルラたちが今夜の星祭りで川へ流す烏瓜を取りに行く相談をしている場面です。


『ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七八人は家へ帰らずカンパネルラをまん中にして校庭の隅の桜の木のところに集まっていました。それはこんやの星祭に青いあかりをこしらえて川へ流す烏瓜を取りに行く相談らしかったのです。』(講談社文庫/天沢退二郎編/「銀河鉄道の夜」より)

二回目はジョバンニとそのお母さんとの会話のなかで現れます。カンパネルラの家にいるザウエルという犬が自分になついていて、ずうっと町の角までついてくる。今夜の星祭りでもきっとザウエルはカンパネルラたちについて行くだろう、と話しているなかで烏瓜が登場します。


次は、配達されて来なかった牛乳を受け取りに、町はずれの牛乳屋さんに行く途中、烏瓜を流しに行くザネリとすれ違ったとき。そしてそのあと、同級生たち六七人に出会ったときにもカラスウリが出てきます。

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2017年10月3日 ↑ 撮影

ザネリはいつも冷やかしの言葉をジョバンニに投げつけていますが、今度もジョバンニをからかい、しかもみんなもその言葉のあとに続きます。ジョバンニは逃げるようにその場を離れ、牧場のうしろのゆるい丘の頂上にある「天気輪の柱」に向います。


その途中の小径で烏瓜のあかりを連想するす小さな虫を見つける場面でも登場します。

『草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持って行った烏瓜のあかりのようだとも思いました。』


カラスウリは晩夏から初秋に実をつけ、秋のさかりに朱く熟します。しかしいっせいに熟すのではなく未熟も混在しています。したがって祭りで川に流すカラスウリは未熟のもの熟したものどちらでも可能ですが、文中に「青いひかり」とありますので、やはり未熟の実を使ったものと想像します。

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2017年11月24日 ↑ 撮影

カラスウリはジョバンニとカンパネルラが銀河鉄道の旅に出発するきっかけとなる重要なアイテムですが、その燈明となる形状の詳しい記述はありません。いずれの場面でもさらりとカラスウリの語が現れるのみです。

燈明はそのまま川にながすのか、あるいは小さな舟や筏に乗せるのか、さらにはどのような仕組みで発光しているのか。

ただひとつ分かることは、光はカラスウリの内部そのものから発していること、カラスウリをくり抜いて中にロウソクなどを置いているわけではないことです。

そう考えると筏などに乗せずにそのまま川に流すことのほうが相応しいように思われます。また、宮沢賢治はなぜカラスウリを燈明として設定したのか、と考えると第一にその愛らしい形にあり次に野山でごく普通に見られる身近な存在で親しみを覚えることができる、という点にあったのではないかと推測します。

「素朴」というところを重視し、さらに熟した朱色からの連想で燈明を意識したのではないでしょうか。


「天気輪の柱」のゆるい丘の頂上から銀河鉄道の旅に出発したジョバンニはやがて同じ丘のうえで目を覚まし、カンパネルラとの旅は夢であったことを悟ります。

そして川に降りてゆくジョバンニは、そこで起きた哀しい出来事を知ることになります。このときにもカラスウリが2回登場します。


『その河原の水際に沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしていました。向う岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。そのまん中をもう烏瓜のあかりもない川が、わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。』

哀しくやるせない結末ですが、ジョバンニはカンパネルラとの旅で「ほんとうの幸福」を求める決心をする。そして新たな旅に出発する(とは書いていないが)清澄感あふれる心の旅路の物語です。


・・・ところで、カラスウリとはまったく関係ないのですが、「銀河鉄道の夜の舞台となったのは山梨県北巨摩郡駒井村(現・韮崎市)」という記事が平成10年3月28日の毎日新聞夕刊に掲載されていますので、この際併せて紹介させて頂きます。

その根拠として宮沢賢治が大正4年(1915年)に入学した盛岡高等農林学校農学科第二部の同級生で同校寄宿舎でも同室だった保阪嘉内が残したハレー彗星のスケッチを挙げています。ハレー彗星の出現は明治43年(1910年)で賢治と嘉内はともに14歳でした。

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スケッチの中央に「銀漢ヲ行ク彗星ハ 夜行列車ノ様ニニテ 遙カ虚空ニ消エニケリ」とあり、左端に「ハーリー彗星之図 五・廿夕八刻」とあります。

明治43年5月20日のハレー彗星のスケッチで、遠くの山々は右から駒岳、地蔵、観音、薬師と書かれています。

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賢治がハレー彗星を見たかどうかはわかりませんが、二人の共通の関心事から推察して嘉内は自分が見たハレー彗星を賢治に話したことがあったと見てよいでしょう。

そのときに「夜行列車のようだった」とのフレーズもあるいは出たかもわかりません。この言葉に刺激されて「銀河鉄道の夜」の執筆に入ったのではないか、という趣旨の記事です。


「銀河鉄道の夜」の舞台は岩手県内だけでも各地に候補があるようですので、山梨県韮崎市でもよいのですが、それにしては「銀河鉄道の夜」に出てくる彗星の単語は一カ所のみ、それも言い間違いのかたちで出てくるのはちょっと不思議です。

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烏瓜 前川千帆・画 ↑ 「月明」第2巻第9号(昭和14年)


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12月5日未明、今季一番の寒気が流れ込んだ当地では、行橋平野と北九州市との境をなすカルスト台地平尾台の最高峰「貫山(712m)」の頂部に今季最初となる積雪を確認。

積雪は日の出の2~3時間後には消滅する程度のごく薄いもので、その初雪をもたらした雪雲も日の出の直前に東空へ去って行きました。

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12月5日6時53分 東の空を撮影 ↑

午前中は一時的に「霰」が降ったものの時折り青空も見える穏やかなものでしたが、昼過ぎより再び寒気が強まり、雪雲が接近。

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12時11分撮影 ↑ 平尾台方面(西空)から東(画面右側)へ移動する雪雲、画面の右端ではすでに降雪となっています。・・・が、積雪となるほどではありませんでした。


なお、平尾台の「初積雪」と平野部(より正確には我が家周辺)の「初降雪」は次の通りです。

1987年12月1日 平尾台初雪
1988年11月27日 平尾台初雪
1989年12月30日 平尾台初雪
1990年12月22日 平地に初雪
1991年12月12日 平地に初雪
1992年12月23日 平地に初雪
1993年 記録なし
1994年 記録なし
1995年12月6日  平尾台初雪/平地に初雪
1996年 記録なし
1997年12月10日 平地に初雪
1998年 記録なし
1999年12月20日 平地に初雪
2000年 記録なし
2001年 記録なし
2002年12月10日 平地に初雪
2003年12月19日 平地に初雪
2004年12月29日 平尾台初雪
2005年12月8日  平尾台初雪/12日平地に初雪
2007年12月31日 平尾台初雪
2009年12月18日 平尾台初雪
2010年12月26日 平尾台初雪/平地に初雪
2011年12月10日 平尾台初雪/16日平地に初雪
2012年12月6日  平尾台頂部に初雪/9日平地に初雪
2013年12月18日 平尾台初雪
2014年12月17日 平地に初雪
2015年12月17日 平尾台初雪
2016年 記録なし
2017年12月5日 平尾台頂部に初雪/19時頃、平地に降雪

初降雪日はバラつきがあって一定していないようですが、6日~18日にわずかながら集中しているように思われます。

まあ、私の記録はあまり信用しないほうが賢明ですが、福岡管区気象台の発表では今季の初雪は平年より10日早い(福岡市)とのこと。

・・・ということは、上の記録は誤差の範囲内に収まっている、と言えるのではないかな?


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