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誠文堂新光社の「全天恒星図2000」は、1984年9月25日に第1刷が発行され、地人書館の「標準星図2000」は、1995年6月10日に初版が発行されています。

また、恒星社厚生閣の「全天星図2000年分点」は1989年3月15日の発行となっています。
これら出版大手の2000年分点星図の発行年を思うと、個人的出版物の「21世紀星図(Epoch 2.000)」の発行年が1979年6月であることは驚くべきことではないでしょうか。
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「野外星図2000」(誠文堂新光社)の発行が1982年12月1日であることと比べても、著者の労苦は多大であったであろうと拝察いたします。

ちなみに「21世紀星図(Epoch 2.000)」刊行の一か月前に発刊された中野繁氏の「スター・アトラス 星座手帖」は1950年分点です。

まあ、精度や使用目的や使い勝手の良さなどを論じないで、分点だけを取り上げても仕方がない、と言われればそのとうりなのですが。


篠田星図は全天が20枚の星図に分けられ、7.5等級までの恒星に変光星・重星・星雲星団・超新星痕跡が記されています。
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白鳥座付近の星図、 ↑ 銀河や北アメリカ星雲などの青色と赤い書込み文字の対比が美しく、見ていてあきない。
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オリオン座付近、バーナードループも美しく描かれていますが、図版の枚数が少ないためか各星座が若干小さく、4等級と5等級の区別、6等級と7等級の区別などが付け難い感があるようです。
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星図に「星座・図版対照表」と「簡易星雲星団表」の付表が付いています。
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表の左端はNGC、IC、その他のカタロク番号です。その右側2列は2000年分点による赤経・赤緯で、次は図版(星図)の番号、その次は天体の種類(例えば系外星雲は1、散開星団は2、惑星状星雲は6、という具合)、次は写真等級でその次は天体の視直径を角度で表しています。右端に少しだけ写っている部分はメシエ番号です。
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星図のすべてに著者自筆のサインと押印があります。「21世紀星図」の名称とともに著者の星図制作の思い入れがこちら側にも伝わってくるようです。
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北極星付近 ↑   篠田星図は、実際の星図としての使用に加えて「星図を眺める楽しみ」という要素も含まれているようで、この星図を所持していることによって、美しい星空を我が手に納めているという満足感?あるいは充実感?、を満たしてくれるような気がします。



「21世紀星図(Epoch 2.000)」及び付表
著者: 篠田皎
発行年: 1979年6月

図版: 20枚/最微7.5等級/2000年分点
星図面: 30×23センチ
付表: 40ページ
星図全体サイズ・37×26センチ/ルーズリーフ式
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アゲハがとまる細枝は、夏の間に蝶の幼虫が葉を食べつくして軸だけになった山椒の木。

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ひまわりと山椒の枝を行き来していたアゲハは、仔猫の好奇心をいたく刺激し、
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ごらんのとうり。  この直後、蝶はヒラリと身をかわして秋空へ・・・。

この個体の蝶(ナミアゲハ)は、かなり弱々しく頼りない飛翔ぶりでしたが、羽に傷みなどはなく、完璧な美しさを保っていましたので、羽化してまだ間もない状態なのでしょう。

アゲハは例年10月下旬くらいまで見ることができます。 しかし、ここ最近の天候不順や気温低下で恐らく我が家周辺では最後のアゲハとなるのではないか、と思っています。
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平成29年9月30日から10月7日までの日程で、築城基地にて米軍・三沢基地所属のF-16と築城・第8航空団、春日・西部航空警戒管制団の合同訓練が実施されています。

実は昨日(3日)も午後から撮影に出かけたのですが、仕事の都合のため1時間ほどで撮影ポイントを離脱、この間、離陸も着陸も皆無の状態。

本日4日は12時半頃に西側の撮影ポイントに到着、ほどなくして築城の第6飛行隊と第8飛行隊のF-2が離陸し、1時間半程度タッチ&ゴーを実施。


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第8飛行隊 03-8504  ↑
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第8飛行隊 03-8503  ↑
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第6飛行隊 63-8541  ↑

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その後、合同訓練が始まり、最初に第6飛行隊の93-8552が離陸、↑ 続いて63-8541 ↓
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73-8543  ↑  43-8526  ↓  の4機のF-2が離陸。
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三沢のF-16の参加機は、2時52分頃にAF92-893が最初に離陸、  ↓
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続いてAF92-887  ↓ 
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複座機 F-16D AF91-477 ↑ と続き、最後に35FW司令官指定機 AF91-357 ↓ が離陸しました。
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F-16C 戦闘機 第35戦闘航空団/第13戦闘飛行隊

空気取り入れ口の下部に取り付けられたポッドは、対レーダーサイト破壊用のAGM-88ミサイル(空対地)を目標に誘導するためのAN/ASQ-213 HTSポッドで、離陸した4機すべてに付けられていました。
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飛来した6機のうち、2機は地上待機。 「91-0382」と「92-3913」

今回の合同訓練は、在日米軍再編に伴なう訓練移転で、築城基地使用では2年ぶり6回目となります。

なお、在日米軍の訓練移転は2007年に始まっていますが、その第1回目は築城基地で行われています。

期間は2007年3月5日~8日で、沖縄・米軍嘉手納基地より第18航空団のF-15戦闘機・5機、資材及び兵員約50名を乗せたC-130輸送機・2機が飛来、築城の第304飛行隊のF-15・4機とともに合同訓練(在日米軍再編に係る日米共同訓練)を実施しています。

さらに余談ながら、築城基地使用の日米共同訓練の最初は、1988年2月18日・19日で、岩国基地駐留の第1海兵航空団のF-18が4機飛来しています。

共同訓練の実施期間(1988年2月15日~19日)のうち、15・16・17日は新田原基地を拠点とし、後半の18日・19日が築城基地を拠点とした訓練で、いずれも春日基地の西部航空方面隊と連動した訓練でした。

訓練参加機は、岩国のF-18のほか、嘉手納基地のF-18、三沢基地のE-2C、百里基地のF-4EJ・2機、築城基地のF-1・4機、同じく築城のF-4EJ・4機など日米合わせて27機です。

1988年2月18日・19日の両日、築城に飛来したF-18は、米軍に接収されていた築城基地が1957年(昭和32年)7月1日に返還されて以来31年ぶりに飛来した米軍機となっています。
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