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昨年登場の885系特急「サガン鳥栖ラッピングトレイン」がデザイン一新して再登場です。

運行は2019年3月1日からで、2019年11月下旬までの予定、とのこと。

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ソニック 17号 列車番号 3017M  博多発・大分行(大分駅で宮崎空港行のにちりん13号に接続) 2019年6月13日 11時53分撮影 小波瀬西工大前駅付近にて

白地の車体にブルーが爽やかですが、これに田植え直後の田んぼにもう少し水が入っていればさらに情感が増したのではないか、と自分では思っています。

実際、今年の田植え時の水不足は深刻で、農家の皆さんは水の確保に苦労されているようです。本日現在、北部九州は梅雨入りしていない状態です。

2~3日後には梅雨入りできるのではないか、と報道されていますが・・・。


# by iruka-boshi | 2019-06-13 15:24 | Comments(0)


著者・鈴木駿太郎氏は明治28年の神奈川県横須賀生まれ。
神奈川県立第四中学を卒業後、臨時教員養成所に入校、大正末年に文部省中等教員地理科検定合格、小学校・中学校教員在籍二十四年、その後出版業に従事。

教員試験に合格した頃より天文に興味を持ち、教員生活の傍ら星座名や星名の各地域・各言語での呼名やその意味・由来・エピソードなどを蒐集。

これらをまとめた原稿を戦前に東京天文台の神田茂に提出し校閲を得たが出版に至らず、終戦後に朝鮮からの引揚に際して原稿を現地に残したままとなった、とのこと。

戦後、主に社会事業に携わりながら星名蒐集を再開し、昭和40年の秋に脱稿。 完成原稿は東京天文台の関口直甫、神田茂、東京商船大学の渡辺敏夫の諸氏の校閲を経て昭和43年(1968)に恒星社厚生閣より刊行。

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本書冒頭の「まえがき」に『星座を仰いで星々をおぼえ、これに親しむにはこれを神話などと結びつけて記憶することが望ましい、そしてこの場合に利用し得る星図としてはフラムスチード星図が最良のものであると信じ、その図版を借用し、これを中心として解説をすすめてゆくこととした。』

とあるように、本書全334ページのうち48ページを使って見開き2ページのフラムスチード星座絵25図が掲載されています。

フラムスチード星図は、イギリスのグリニッジ天文台の創設に尽力し、その初代台長となったジョン・フラムスチード(1646-1719)の恒星の位置観測に基づき、彼の没後1729年に当時のイギリス画壇の重鎮だったジェームズ・ソーンヒルの原図をもとにした星座絵を添えて出版された星図です。

初版はロンドンで出版されましたが、第2版は1776年にパリで出版されています。その後1781年に新版がロンドンで、第2版の改訂版とも言える第3版が1795年にパリで出版されました。本書の掲載星図は、昭和18年に恒星社厚生閣が発行した「フラムスチード天球図譜」と同じもので1776年の第2版です。

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オリオン座・牡牛座付近/ 星座名と主要星の固有名に加えて中国星座(星宿と天官)の名が記載されています。この図ではオリオンの三ツ星の下に「参(しん)」、オリオン頭部に「觜(し)」、左端のふたご座に「井(せい)」、右上端に「胃(い)」、おうし座にも「昴(ぼう)」と「畢(ひつ)」が見られます。

これらはいずれも「二十八宿」に含まれますが、本文解説ページでは二十八宿以外の星座「天官」も詳細に図示されています。

中国の星座については「中国の星座の歴史/大崎正次著/雄山閣出版/1987年」に非常に詳しい解説が載っていますが、現在ではかなり入手困難であり、ほかに類似書籍が少ないなか、「星の事典」は中国星座にご興味がある方にとって大変有益な図書に成り得ると思います。

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本文解説ページ(オリオン座)/星座の由来とラテン語名のほかにの古代アラビアや古代ヘブライ語での名称と意味、加えて中国の星座名(星宿名・天官名)も解説されています。

また、中国星座だけではなく、江戸時代に渋川春海が制定した星座(61星座・308星)も記載されています。

上の図では ↑ オリオンの三ツ星の右下の「大宰府」、図の上端の「玄蕃(げんば)」が渋川春海の制定星座で、1699年(元禄12年)に春海の嗣子・昔尹(ひさただ)の名で刊行された星図「天文成象」に記載されたものです。春海の制定星座の同定は渡辺敏夫氏によるものです。

主要星についてはラテン語・アラビヤ語の名称と語源・意味、光度、スペクトル型、変光星、重星などが記され、星雲・星団も著名なものは図付きで解説されています。

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さそり座の解説ページ  ↑ 星座解説は現行星座88のすべてと現在では使われていない星座「アルゴ座」の合計89星座です。
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へびつかい座 ↑ 星の横に添えられた数字は、フラムスチード番号と呼ばれるもので、星座の西の端から順に1・2・3・・と付けられています。

ラムスチード番号は現在の星図でも使われていて、たとえばオリオン座α星(ベテルギウス)は、フラムスチード番号58番星、おとめ座のα星(スピカ)は、おとめ座67番星、という具合です。

巻末に付録として著者考案の「エンドレス星図」が折り込まれています。これは横長の星図を本体から切り取り、両端を糊付けして円筒形にして使うもので、各星座の位置関係がよくわかるユニークな星図です。もちろん、切り取らずにそのまま星図としても使用可能です。



星の事典

著者: 鈴木駿太郎
発行年: 昭和43年1月15日 第1版第1刷発行
発行所: 恒星社厚生閣
発行者: 志賀正路
本体サイズ: 26×19センチ/図版(星図)25図/写真(散光星雲・暗黒星雲・球状星団等)16ページ/本文 122~313ページ/索引 314~332ページ/あとがき 333~334ページ
定価: 2800円
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改訂版: 昭和49年(1974)発行/ページ数等は第1版と同じ/定価4000円(税込)
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改訂2版: 昭和54年(1979))発行/ページ数等は第1版と同じ/定価4500円(税込)
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新装版: 昭和63年(1988)発行/ページ数等は第1版と同じ/定価5800円(税込)
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なお、著者は俳句結社に所属した俳人でもあり、昭和38年に「句集 流星群」を上梓されています。
また、昭和24年創立の横須賀天文同好会にも所属していました。(日本アマチュア天文史改訂版/230ページ)


# by iruka-boshi | 2019-05-02 14:59 | Comments(0)

3月21日、福岡県は桜開花を宣言。前年より2日遅く、例年より2日早い開花とのこと。前日の長崎県の開花に次いで全国2番目の開花宣言。

この日の当地の気温は24.5度で本年度最高を記録。しかし、この後、寒の戻りとなり、晴れ間が時折り覗くものの北風強く、寒い毎日。

本日も気温10度前後の寒い朝を迎えましたが、昨日と違うことは「幻日」の出現です。

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2019年3月25日 7時01分撮影  ↑

幻日出現にはさまざま条件が必要ですが、今朝は、ほぼ無風状態で、これも肝要な条件のひとつ。

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2019年3月25日 7時17分撮影  ↑  今季初めての出現です。


# by iruka-boshi | 2019-03-25 14:35 | Comments(0)

「Sky and TELESCOPE」の1959年12月号に五藤光学のM-1型プラネタリウムの広告が載っていましたので、初期のプラネタリウムに興味がある者としてちょっと紹介させて頂きます。 ↓

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東京国際見本市会場の五藤光学特設館 ↑

1959年5月16日、東京晴海で開催された東京国際見本市で、国産初のレンズ投映式中型プラネタリウム「M-1型」が公開されました。

「M-1型」は、中央に南北両球の恒星球がつき、その外側に惑星等を投影する惑星棚がついた「モリソン型」と呼ばれる形式のプラネタリウムで、6等星までの恒星 4,500個を投影することができます。

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五藤光学特設館の拡大 ↑ ↓ 15cm屈折などが見えています。
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開発着手は1955年で、以前よりプラネタリウムに関心を示していた五藤斎三氏はこの年に海外のプラネタリウム事情を視察、アメリカで出会った「モリソン型」を念頭に開発を進め、4年後の1959年に初公開に至った、ということです。

開発に当たって吉田尹道氏の協力を得た(地上に星空を/伊東昌市著)ということですが、筆者(ブログ主)は吉田尹道氏については全く不明です。

モリソン型プラネタリウムは、米国カリフォルニア科学アカデミーが自主開発したプラネタリウムで、呼称はカリフォルニア科学アカデミーの援助者のアレクサンダー・モリソンに因んでいます。 1号機は1952年11月に完成、カリフォルニア科学アカデミー博物館に設置されました。

「M-1型」は、東京国際見本市が開かれた1959年の12月に早くも1号機が浅草公園六区の新世界ビル ↓ に納入されています。

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Sky and TELESCOPE 1962年4月号より/「娯楽の大殿堂」の文字が見えます。

次いで静岡県の富士観日本平センターに設置 ↓ (プラネタリウム機材の納入は1959年)

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Sky and TELESCOPE 1962年5月号より

右側が「M-1型」を収めた10mドーム・130人~150人収容、左は五藤20cm屈折の1号機が入った6mドーム。 プラネタリウム・ドームの下に「銘茶」の看板を掲げた茶店?、あるいは売店?が見えています。


「M-1型」は、完成の翌年(1960年)にニューヨークで開催された第4回全米国際見本市にも出品されています。「M-1型」はその優秀性に加えて、当時の販売価格が800万円と非常に廉価であったため、全米より注目されて多くの問い合わせを受けた、と言われています。


海外最初の購入はアメリカ・コネチカット州のブリッジポート博物館で、1962年にドーム径10.1mのヘンリー・デュポンⅢ世プラネタリウムとして開館されています。これ以後、「M-1型」は世界各地に輸出されるようになります。


富士観日本平センターに設置された以後の日本での納入先は下記のとおりです。(年代順)


● 海上自衛隊幹部候補生学校(広島県呉) ↓ 昭和37年(1962)3月開館/1988年以降運用停止

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Sky and TELESCOPE 11963年11月号より ↑

● 神奈川県立青少年センター  ↓ 昭和37年(1962)10月1日開館/昭和47年(1972)までM-1型使用、以後機種変更

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Sky and TELESCOPE 1963年8月号より ↑ 右側の望遠鏡ドームは、五藤20cm屈折を収納した6mドームで広瀬秀雄氏の設計によるもの

● 室蘭市青少年科学館 昭和38年(1963)4月開館/昭和46年(1971)6月現在稼働中/1976年3月に機種変更

● 釧路市青少年科学館 昭和38年(1963)6月15日開館/昭和52年(1977)4月現在稼働中(同年に機種変更)/2005年閉館

● 山梨県立青少年科学センター 昭和39年(1964)4月開館/昭和52年(1977)4月現在稼働中/1998年8月現在稼働中/2019年現在閉館(閉館年不明)

● 帯広市児童館 昭和39年(1964)9月27日開館/昭和52年(1977)4月現在稼働中/1998年8月現在M稼働中/2000年6月に機種変更

● 栃木県児童会館(現栃木県子ども総合科学館) 昭和40年(1965)開館/1975年に機種変更

● 東京水産大学(現東京海洋大学) 昭和40年(1965)3月設置・4月開館 /2015年10月現在稼働中/2019年現在稼働中/M-1型-114号機

● 那覇市久茂地公民館(旧沖縄少年会館) 昭和41年(1966)4月7日開館/昭和52年(1977)4月現在M-1型稼働中/2000年1月現在M-1-S型544号機稼働中/2011年閉館/2015年7月現在・牧志駅前ほしぞら公民館に現存

● 千葉明徳高等学校 昭和41年(1966)4月開館/詳細不明

● 鹿児島県文化センター(鹿児島県立博物館プラネタリウム) 昭和41年(1966)11月15日開館/昭和52年(1977)4月現在稼働中/1980年に機種変更

● 東京都立教育研究所(現東京都教職員研修センター) 昭和42年(1967)4月開館/M-1型稼働期間不明

● 千葉市郷土館 昭和42年(1967)4月9日開館/昭和52年(1977)4月現在稼働中/1991年に機種変更

● 新宿区立教育センター 昭和42年(1967)8月開館/昭和52年(1977)現在稼働中/1982年9月に機種変更

● 満光園プラネタリウム館(山形県鶴岡市/株式会社庄内観光公社) 昭和44年(1969)5月開館/昭和46年(1971)6月現在稼働中/1998年現在閉館(閉館年不明)

● 新潟県中越青少年文化センター(現長岡市青少年文化センター) 昭和44年(1969)6月22日開館/昭和52年(1977)4月現在稼働中/1998年現在機種変更済み(変更年不明)

● 青梅市教育センタープラネタリウム 昭和46年(1971)10月開館/同年11月1日運用開始/2011年3月閉館/M-1型-128号機


以上、国内19施設


稼働状況については、「日本の天文台/天文ガイド別冊/1971年」「日本のプラネタリウム一覧/全国プラネタリウム連絡協議会発行/1977年」「地上に星空を-プラネタリウムの歴史と技術/伊東昌市著/裳華房発行/1998年」「全国プラネタリウムガイド/日本プラネタリウム協議会監修/恒星社厚生閣発行/2015年」を参考にさせて頂きました。


上記の通り2019年現在で稼働中は、東京海洋大学のみのようです。但し、毎年6月上旬に行われる同大学の「海王祭」でのみ一般公開とのことです。


上記リストの東京水産大学のM-1型-114号機や青梅市教育センタープラネタリウムのM-1型-128号機の数字(シリアルナンバー)は、そのまま製造数とはならないようですね? (114号機は1型14号機の意味?)

海外からも引き合いが多かった機種とは言え128台も作ったとは思えないのですが??? 実際のところ製造数はどのくらいだったのでしょうか。

また、製造完了の順番と納入の順番は必ずしも一致していないのではないでしょうか。 五藤光学の公式HP(英文公式も含む)では、ブリッジポート博物館納入は2号機となっていますし、国内文献では静岡県の富士観日本平センター納入機が2号機となっています。 施設の開設とプラネタリウム館の開館が同時とは限りませんし、実際のプラネタリウム機材納入の時期と実働開始の時期にもズレがあるようですし・・・。


M-1型は10mドーム用ですが、15m用のM-2型も開発されています。また、5~8m用のSシリーズもあり、多くの自治体・公共施設・学校へ納入されています。

のちにM-1型はGX型に、M-2型はGM型に改良されて行くことになります。


『小学校五年生のとき東日天文館の売店で『宇宙旅行』という本を買った。宇宙船に乗って太陽系から銀河のかなたまで旅行する物語で、子どもが読めるやさしい書き方をしているが、中身は最新の知識がつまっている。 その著者光川ひさしこそ水野良平氏のペンネームであることを知っていたのだ。』 (ぷらべん 88歳の星空案内人 河原郁夫/冨岡一成著/旬報社発行/2018年刊)より

拙ブログの2019年2月21で「ぷらべん(https://irukaboshi.exblog.jp/d2019-02-21/)」を取り上げましたが、その中の一節です。本日の『宇宙旅行』については、そのすべてを上記引用で表していると思いますが、それでは本日のブログが続きませんので、ちょっと捕捉をさせて頂きます。

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「ぷらべん」こと河原郁夫氏の生涯の師「水野良平」は、明治32年(1899)横須賀生まれ。東京物理学校(のちの東京理科大学)を卒業後、東京天文台に奉職。

大正12年(1923)~昭和25年(1950)までの在職中、保時・報時の部門に属して時刻観測に従事。 天文台退任後、横須賀市の私立横須賀学院の教員を経て、昭和31年(1956)天文博物館五藤プラネタリウムの学芸課長となっています。昭和53年(1978)逝去。

水野良平氏が河原氏に新プラネタリウムの解説員の一員に抜擢したのは昭和31年(1956)のことで、河原少年が初めて『宇宙旅行』を手にしてから16年目のことでした。

さて、その「宇宙旅行」の件、発行は昭和15年(1940)で誠文堂新光社から刊行されています。
「僕らの科学文庫」というシリーズの中の1冊で、「宇宙旅行」が刊行された時点での既刊は、次のとおり。


化石の世界-早川一郎著/火と焔-白井俊明著/原子の話-鳩山道夫著/僕らの栄養と食物-川島四郎著/僕らの海-野満隆治著/僕らの船-関谷健哉著/僕らの飛行機-山崎好雄著/算術と数学の歴史-吉岡修一郎著/飛行機の話-山﨑好雄著/ちから-作井誠太著/ひかり-二神哲五郎著の11冊で、「宇宙旅行」を入れて全12冊が既刊。


続巻として、音の世界-田口泖三郎/植物の話-篠遠喜人/僕らの理科実験-藤木源吾/命-永久正志/動物の話-丘英通/家の話-星野昌一、などが予定されていたようです。


「宇宙旅行」は、昭和14年4月から翌年3月にかけて「小学生の科学」に『宇宙見学旅行』と題して連載されたもので、単行本化にあたって大幅に加筆されています。

初版は昭和15年、翌年に修正第5刷が発行され、さらには昭和23年に上・下に分かれて同じ書名で発行されています。

(昭和23年版は7月20日印刷/8月1日発行/上巻・下巻の表示はありませんが、2分冊で刊行されています。 章立てと文章は同じですが、一部の図版を入替または追加をしています。定価百円)

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宇宙船に乗りこむ少年少女たち。


本書全17章は以下のとおり。


● 第一章 月世界の探検

● 第二章 太陽の巻

● 第三章 内惑星の巻

● 第四章 火星の巻

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ローウェルの描いた火星 ↑

● 第五章 小惑星の巻

● 第六章 木星の巻

● 第七章 土星の巻

● 第八章 彗星の巻

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ローマ皇帝カエサル時代に出現した彗星 カエサルとその后が彗星を見て心配をしている場面/右側の図は流星群の説明図で、校庭を周回する生徒たちの中に一塊の群れが出来ている。

● 第九章 天・海・冥の三王星

● 第十章 近距離の恒星

● 第十一章 変わった恒星の色々

● 第十二章 ガス星雲と散開星団

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東京天文台の大望遠鏡 ↑

● 第十三章 銀河と球状星団の巻

● 第十四章 渦状星雲の巻

● 第十五章 宇宙に対する昔の考へと今の考へ

● 第十六章 四次元世界の話

● 第十七章 地球帰還


パイロット光川ひさしが操縦するロケットで太陽系の各惑星を巡り、銀河系の外までを旅する、という設定です。

本書は子ども向けに書かれたものですが、安易な内容に終始しているわけではなく、当時の最新の知見を持って記述されています。

・・・とは言え、「彗星の頭は星の集り」などという部分は、ホイップルの「彗星頭部は汚れた雪玉」説提唱が本書刊行の10年後(1950年)ですので、仕方のないことと思われます。


また、火星の生物については、動物はいないが「植物は生えている」と断言しています。 戦前から戦後しばらくのあいだの天文書を見る場合、火星生物の扱いがどのようになっているか興味深いところです。

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目次の一部  ↑

先に「本書は子ども向け」と書きましたが、第十四章でハッブルの「膨張宇宙説」を詳述していたり、続く第十五章(天文学史)でも膨張宇宙についての解説やアインシュタインの相対性原理についてに話しが及んでいるように、決して子どもだけの本ではありません。宇宙論、天体物理なども入って大人でも充分に楽しめる天文の本になっています。


光川ひさし名義の天文書は1940年発行の「宇宙旅行」だけのようですが、水野良平での著作は以下の通り。


● 宇宙旅行/光川ひさし/誠文堂新光社/1940年/A5変形

● 宇宙旅行 (二分冊)/誠文堂新光社/1948年/A5変形 /上巻(第一章~第九章)は179ページ/下巻(第十章~第十七章)は168ページ

● プラネタリウムの話/四季の星座/恒星社厚生閣/1957年/A5判

● 最新天体写真集/法政大学出版局/1958年/A5判

● ベツレヘムの星/新教出版社/1959年/B6判

● 時・暦・プラネタリウム/ポプラ社/1963年/B5判

● 星と伝説 目で見る児童百科3/偕成社/1963年/B5判

● 宇宙の謎/大陸書房/1969年/B6判

● うずまく宇宙/正進社/1969年/新書版

● 星とともに/私家版/1969年/A5判


単行本の刊行は以上ですが、雑誌類への寄稿はたくさんあります。また、光川ひさしのペンネームで創作童話などがあります。(刊行の天文書は多分上記の通りと思いますが、筆者(ブログ主)のわかる範囲だけですので、まだあるかもわかりません。)

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宇宙船出発の口絵: 画者は鈴木登良治のはずですが、サインがよく読めません。辛うじてT.Suzuki となっているようですが。
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『宇宙旅行』

著者: 光川久(みつかわひさし)
印刷: 昭和十五年六月二十五日
第一刷発行: 昭和十五年七月一日
修正第五刷発行: 昭和十六年十一月二十五日
発行所: 誠文堂新光社
発行者: 小川菊松
印刷者: 小坂孟
製本: 村田文泉閣
16×19センチ(本体)/356ページ/定価二円

装幀と本扉: 初山滋
挿絵: 鈴木登良治

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『宇宙旅行』の箱裏面と本体裏面