2010年 07月 29日 ( 1 )

「観光の岐阜 8枚組絵葉書」より「プラネタリウム遊園地」です。

遠くに雪を頂いた山々を眺め、眼下には人々のざわめきが聞こえてきそうな大きな市街地。街を見下ろす高台に位置するプラネタリウム風景は、現実世界から遊離されている感があります。

観覧車や飛行塔(子供たちを乗せてグルグル回るやつですよね。)などが併設されていたそうで、ここを訪れた皆さんは非日常体験を大いに楽しんだことでしょう。
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プラネタリウム開設は1958年(昭和33年)4月で1984年(昭和59年)まで開業していました。使用投影機はドイツ製カール・ツァイス・イエナZKP-1型で、世界中に257機も納入された名機です。日本にはそのうち2台が輸入されました。最初の1台はこの「プラネタリウム遊園地」、2台目は旭川市青少年科学館で1963年(昭和38年)のことです。

投影機を収めたドームの大きさや観客席の数などを調べるため、手元にある「日本プラネタリウム一覧」(全国プラネタリウム連絡協議会・1977年発行)を見ましたが「プラネタリウム遊園地」は載っていませんでした。

それで、同じZKP-1型使用の「旭川市青少年科学館」の昭和52年のデータを見るとドーム直径8メートルとありますので、ここも同じくらいではなかったかと思います。観客席は30席くらいでしょうか。もっとかな?

画像は絵葉書の風景面のみ掲載しましたが、同じ面の右側に2行にわたって説明文がありますので、そのまま書き写します。

「金華山南連峯の水道山に新設されたプラネタリウムは 日本唯一の東ドイツ・カール・ツアイス中型投影機を使用し、実際と少しも変らぬ美しい星空を現出する。」

敷地の右端に見える塔が「飛行塔」でしょうね。観覧車は写っていませんが、どこにあったのでしょう。そもそも、この遊園地は民間経営だったのでしょうか、岐阜市などの公的機関が運営していたのでしょうか。正式名称は「プラネタリウム遊園地」でいいんでしょうか。

知らないことだらけのプラネタリウムですが、この絵葉書、見れば見るほど、下界とは全く次元の異なる世界、一歩足を踏み入れると帰ることが出来ない未知の空間を映し出しているようで不気味でさえあります。階段を上っている人影三名、無事に現実世界に戻ることが出来たでしょうか。
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