2010年 07月 27日 ( 1 )

画像の右上の写真は、女満別小学校運動場と女満別飛行場との境に設けられた早乙女博士観測所の12インチ赤道義。その下の写真は日食前日、記者と会見中の早乙女博士とカリフォルニア工科大学のジョンソン博士。ジョンソン博士も女満別にて観測。
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左側の上の写真は、女満別から少し離れた日進村遠藤農場に設けられた東京天文台長関口鯉吉博士の観測所。東京天文台では、不測に備えて女満別以外に中頓別・訓子府・紋別・斜里にそれぞれ観測者を配置しました。左の人物は関口博士です。

その下は、主に皆既時の大気状態を観測するために用意された中央気象台の観測機。写真の説明によると、エンジンの故障のため、予定の観測ができなかった、とありますが、これはわが国で飛行機を用いた天体観測の最初ではないでしょうか。

上記の女満別飛行場はオホーツク海の流氷観測・気象観測を目的として中央気象台によって作られたもので、観測機の運用は日食の前年1935年からです。

所有機は2機あって、三菱製イスパノ・スイザ450馬力エンジンを搭載した機体と中島製ジュピター420馬力(空冷式星型9気筒)エンジン搭載機で、どちらも海軍の13式艦上攻撃機を改造した三菱航空機製T‐1.2観測機でした。

掲載写真はその2機のうちのどちらかと思いますが、わが国最初の天文観測飛行機となるとどちらの機体だったか知りたいところです。
(はっきりわが国最初の・・、と断言しているわけではありません。そこまで調べていません。)

機体番号は「AG」しか写っていませんが、その前は多分「F」ではないでしょうか。飛行機に詳しい方、どうぞ教えてください。

因みに機上で立ち上がっている人物は、中央気象台観測員の根岸錦蔵操縦士、座席でアイモ撮影機を手にしているのは、国枝技師とのことです。

下の画像は「日食実況放送」成功を祝す野尻抱影氏から小森幸正氏宛の電報です。
はがきに押されていた記念スタンプと同じものが祝電にも押されています。
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