日本プラモデル興亡史 子供たちの昭和史 井田博著
本書巻末の『井田博 模型年譜』の最初の行に【昭和5年 小学4年生より飛行機に興味を持つ 中学時代より各地の競技会荒らし。】とあり、次の行に【昭和12年 毎日新聞社主催、少年少女模型飛行機大会(福岡)に出場。】とあります。
ここでいう［模型飛行機］とは、胴体は1本の木の棒ないし数本の棒で組み立てられ、ゴム動力で飛ばすことのできる飛行機を指します。胴体は棒ではなく、三角形のベニヤ枠を取り付けたものや、数本の針金で全体をかたち作ったものもありました。
大きさは全長30㎝前後、翼の幅は全長とほぼ同じくらいのものが主流でした。翼は紙を貼り付けたものでしたが、高級機では絹布製のものもあります。
小学高学年の頃より模型作りが得意だった著者は、長じて模型材料店を開業します。昭和14年、著者19歳のときです。当時は日中戦争の最中であり、太平洋戦争開戦間近の頃であったため、航空機への関心や航空思想の啓蒙が図られており、そのために文部省指導のもと尋常小学校と高等小学校各校で「模型飛行機の製作」が授業化されていました。著者は各校で製作の指導に当たり、同時に殺到する納品依頼に忙殺されていたようです。
開業前年の昭和13年には小倉の到津遊園地の当時の園長阿南哲朗氏の依頼により同園にて「模型飛行機展覧会」を開催し好評を得て【私は会場で先生方から模型飛行機の作り方について質問ぜめにあい、特異満面の日々でした】と本書に記述されています。
昭和17年、著者は召集により小倉の第18師団歩兵114連隊に入隊、ビルマ戦線で戦役につきますが激戦地ミートキーナで負傷。翌年11月にラングーン－バンコク－マニラを経て内地に帰還、昭和19年除隊となります。
戦後、進駐してきた連合軍によって再軍備につながるものはすべて禁止され、模型飛行機でさえその対象になっていました。しかし、昭和22年9月、東京ではすでに模型飛行機大会が開かれているという情報を得た著者は、模型店再開を決意します。実際には終戦の翌年昭和21年7月29日に皇居前広場で模型飛行機大会が開かれており、これが戦後初の競技会となっています。
新店舗は戦後暫くのあいだ著者が運営していた木工所「井田製作所」の事務所をそのまま改造したもので六畳くらいの広さでした。場所は著者の実家近くの八幡東区荒生田で著者の名前から「博巧社」と名付けられています。
「博巧社」で【最初扱った商品は、電気機関車、木製ボート、マグネットモーター、空き缶を利用した電気教材】などだった、とのこと。
この後、昭和24年に北九州市内のデパート「井筒屋百貨店」にテナントとして出店し、模型店として大きな転機を迎えます。しかし、扱い品目は新規開業時と大差なく、プラモデルが営業品目に加わるのは、昭和29年暮れ頃からのことで、輸入品(米国ラベル社のB－47ストラトジェット、米国モノグラム社のダグラスB－66、メーカー不明のパイパーアパッチの3機種)を扱ったそうです。
井筒屋の下の写真は、イマイの「サンダーバード ゼロX号」 マブチRE14モーターで走行するようになっていた。
ところで世界最初のプラスチックによる成形の模型(プラモデル)発売は、イギリスで成されています。開発者は同国のライトプレーンメーカーのフロッグ社で1936年のことです。イギリスの爆撃機・戦闘機のプラモデルが製造・発売されています。
それでは国産初のプラモデル開発・販売者はというと、昭和22年設立のセルロイド玩具・ブリキ玩具・光学玩具の製造メーカー「マルサン」で、昭和33年12月に「原子力潜水艦ノーチラス」「ダットサン1000セダン」「PT212哨戒水雷艇」「ボーイングB－47ストラトジェット」の4種を発売しています。
このうち「ダットサン1000セダン」は『和工』というメーカーが実車のノベルティ用に作ったものをマルサンが一般販売したもの(したがって『和工』が最初のプラモ製造ではないかと言う意見もあります)、それ以外は米国ラベル社などの製品をコピーしたものです。
この「マルサン」製造のプラモデル登場後、刺激を受けた各メーカーが陸続とプラモデル市場に参入することになりますが、著者の模型店(井筒屋百貨店小倉本店・雑貨部玩具係内のテナント店)で最初に扱った国産プラモデルは、「日模(ニチモ)」の「伊号潜水艦」で発売は昭和34年2月とのこと。
【この「伊号潜水艦」はゴム動力で水の中を走ると同時に、付属のストローで水を隔室に送り込むことで、浮いたり沈んだりを繰り返すという機能を持ったものでした。／本書より】ということで、爆発的な人気を呼び、全国で100万個単位で売れたそうです。 ↑
本書冒頭の著者の言葉に【私は四十五歳を迎えたプラモデルを、最初のほぽ十年間を地方の小売店の店主として、そして後半三十年余りを模型雑誌「モデルアート」の社主として見てきました。】とあります。四十五歳というのは、国産プラモデルの発売からという意味です。(著者は大正9年生まれ／本書執筆時は83歳)
「日本プラモデル興亡史」は五つの章に分かれています。著者がいう四十五歳がこの五章に詰め込まれています。次の通りです。
第一章:プラモデルとの出会い／第二章:プラモデル前史／第三章:プラモデルの黄金時代／第四章:プラモデル、大人の成熟した趣味へ／第五章:プラモデル、新しい時代へ
第一章は国産プラモデル開発黎明期の状況、第二章はゴム動力機時代の様子とその後のガソリン・エンジン模型飛行機の飛行競技会の様子、第三章は小倉井筒屋に模型店を開いた頃のことや悲願であった模型雑誌「モデルアート」の創刊のこと、第四章はプラプレーン・コンテスト開催や「ガンダム」の登場のことなど、第五章はミニ四駆ブームの頃のことなどの全五章構成、巻末に「タミヤ」の田宮俊作氏と著者の対談【プラモデルが映す「昭和」という時代】が掲載されています。文庫版の解説は森永卓郎氏です。
我が国のプラモデル史を語る時、欠かすことが出来ない事柄のひとつに著者による模型雑誌「モデルアート」の創刊があります。創刊までの詳細な経緯が第三章で述べられています。
創刊号発行は昭和41年11月15日、B5判、30ページ、定価100円。 表紙のプラモは、タミヤの1/50彩雲、ハセガワの1/72ファントム、フジミの1/70クルセイダーで、作成は橋本喜久男氏、写真撮影は著者。
本書内容については、まだまだ紹介したいことがたくさんあるのですが、キリがないので最後に解説の森永卓郎氏の「日本の経済構造の変化を映す模型の歴史」の一節を少し転記してこの稿の終わりとします。
【プラモデルを作った経験のない人でも、本書は楽しめると思う。模型史を語る上で、著者が最高の条件を三つ兼ね備えているからだ。】として、第一に著者はプラモデル誕生前夜の木製模型の時代から現在まで、ずっと第一線で活躍してきたこと、第二に著者は小売店主として、模型業界全体を見てきたこと、第三に著者は「モデルアート」の社主として30余年にわたって専門メディアを育ててきたこと、を上げて本書の魅力としています。
日本のプラモデル興亡史 子供たちの昭和史
著者:井田 博
発行所:株式会社文藝春秋
発行日:2006年5月10日 第1刷
文庫版(文春文庫)／定価590円+税
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以下余談ですので、無視して頂いて結構なんですが、私(ブログ主)は、本書の著者井田博氏が出店する「井筒屋小倉本店」に昭和48年に入社し、新入社員研修一か月後に書籍売り場に配属されています。(新入社員は全員最初は売り場勤務)
書籍売り場(書籍係)は本店8階の雑貨部にあり、隣の売り場は玩具係で井田氏の模型店はここに所属していました。ちなみに雑貨部は、書籍係・玩具係・文具係・スポーツ用品係で構成され、同じフロアに増設された新館側にレストラン井筒屋(大食堂)があり、連日多くの来店客でにぎわっていました。
書籍売り場とおもちゃ売り場はすぐ隣同士ということもあって、井田氏とはよく顔を合わせていました。ただし、本書著者の井田博氏はすでに売り場業務から離れていて、もっぱらご子息二人(長男さんと三男さん、次男さんは「モデルアート」の編集)が売り場を担当されていましたので、お会いするのは主としてこのお二人でした。
8階雑貨部は売り場構成上、圧倒的に子供連れが多く、それだけに賑やかしく、他階と比べてある意味違う活気に満ちた特異な職場でした。
特に夏休み期間やクリスマス商戦時は喧騒と言ってもよいくらいの賑わい振りです。(書籍売り場はもちろん静かですし、他の売り場でも静かでした。)
しかし、おもちゃ売り場・模型売り場はそうではありません。走り回る子、泣き叫ぶ子、大声を出す子、ニコニコ顔の子たち。ここはまさに「子供の王国」でした。
そのような玩具売り場で今でも強く印象に残っている事柄があります。バンダイが昭和55年に発売したプラモデル「ガンダム」です。
発売当初、テレビアニメの「機動戦士ガンダム」はすでに放送終了していたこともあり、販売実績は思うほどには伸びていませんでしたが、昭和56年に様相は一変します。
のちに社会現象まで伴うガンダムの一大ブームの到来です。この時の狂騒的出来事は、本書の第4章に詳しいのでここでは割愛しますが、ガンダムの販売日当日は開店前から井筒屋の各入口に子供たち(大人も)が大勢押し寄せるため、予期せぬ事故防止と混乱抑止を兼ねて雑貨部員男子全員(私も)が列の整理にあたったものです。
模型売り場に通じるエレベーター前とエスカレーター前にも我々が待機していたことは言うまでもありません。(ルービック・キューブのブームのときもそうでしたが。)
また、クリスマス商戦に続くお正月商戦も同様で、発売前日は閉店後、手が空いたものは全員でおもちゃ売り場・模型売り場でガンダム・その他のおもちゃの梱包に精をだしたものでした。なにしろお買い上げ頂いた商品をその場で包装することなど不可能なほどの混雑ぶりでしたので。
ちなみに我が書籍売り場では、ガンダム争奪戦が始まる少し前から「コロコロコミック」の争奪戦が始まっていました。
2024年4月3日記
by iruka-boshi
| 2024-03-15 07:47
| いろんな本
|
Comments(3)
Commented
at 2025-07-22 18:37
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
at 2025-07-24 04:58
コメントを有難うございます。会長さん亡くなったんですね。23日の朝刊にも訃報が伝えられていました。菊野さまにもたくさんの思い出があることと推察いたします。
プラモデルの話になると必ず思い出すことがあります。それは私が小学4年か5年の時(昭和40年頃)、授業中にプラモデルのことが話題になり、われわれの話を聞いていた先生(男性教諭)が、突然「そうか、プラモデルは計画を立てて組み立てていくからプランモデルの略だと思っていたが違うのか」と言い出しました。先生は世の中すべてのことを知っていると思っていたわれわれにとってはチョット驚いた出来事でした。しかし、のちに考えてい見ると、当時30歳後半だったと思われる先生の少年時代は、戦前・戦中でプラモデルはまだ出現してなく、恐らく大人になっても作ったことが無かったことでしょう。それを思うと子供時代にプラモデルに出会った私たちは幸せだった、と感じる次第です。
プラモデルの話になると必ず思い出すことがあります。それは私が小学4年か5年の時(昭和40年頃)、授業中にプラモデルのことが話題になり、われわれの話を聞いていた先生(男性教諭)が、突然「そうか、プラモデルは計画を立てて組み立てていくからプランモデルの略だと思っていたが違うのか」と言い出しました。先生は世の中すべてのことを知っていると思っていたわれわれにとってはチョット驚いた出来事でした。しかし、のちに考えてい見ると、当時30歳後半だったと思われる先生の少年時代は、戦前・戦中でプラモデルはまだ出現してなく、恐らく大人になっても作ったことが無かったことでしょう。それを思うと子供時代にプラモデルに出会った私たちは幸せだった、と感じる次第です。
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by
菊野
at 2025-07-24 09:30
返信ありがとうございます。
私たちが小学生だった頃の、ほんの20年くらい前には、まだ戦争中で、もしかしたら小倉に原爆が投下されていたのかもと、不謹慎かもしれませんが、自分の生まれてきた時代、場所のめぐりあわせの幸運がどれほど大きいものか。ありがたいことだとしみじみと思います。
私たちが小学生だった頃の、ほんの20年くらい前には、まだ戦争中で、もしかしたら小倉に原爆が投下されていたのかもと、不謹慎かもしれませんが、自分の生まれてきた時代、場所のめぐりあわせの幸運がどれほど大きいものか。ありがたいことだとしみじみと思います。
