エンボス加工で重厚さを出しつつ、愛らしさも併せ持った小型掌玩本です。土星のデザインが秀逸。
私の手元に来る前には少なくとも4名の蔵書者がいたようで、三つのサインと一つの蔵印があります。蔵印は篆書体で「山田蔵書」と彫られています。
この本の入手経路ははっきりしていますので、篆刻の「山田氏」は変光星の観測で世界的に著名な愛知県の山田達雄氏(故人)であることがわかります。
アルファベットのサインは、一人が「A.J.Tadman」で一人が「T.Sakanoue」、もう一人は達筆すぎて読めません。
このうち「T.Sakanoue」は、九州大学教授で農業気象学を専攻された坂上務氏(1921-2018)と推測します。
坂上氏は東亜天文学会会長、せんだい宇宙館名誉館長などを歴任されましたが、昭和16年の台湾富貴角の皆既日食に最年少で参加されるなど戦前からの長い観測歴をお持ちです。
山田氏と坂上氏は同時代人であり共に著名な観測者であったことを思うと当然ながら交流はあったことであり、蔵書の行き来もあったことと思います。
4名の旧蔵者がサインと蔵書印をわざわざ残した事実は、この「Lessons in ELEMENTARY ASTRONOMY」が初心者用にもかかわらずいつまでも手元に置いておきたい愛すべき賞翫本であった証左と思います。
本書の著者、リチャード・アンソニー・プロクター(Richard Anthony Proctor/1837-1888)は、イギリスの天文学者・作家で数多くの天文や数学に関する著作と研究業績を残しています。
その業績のひとつに、火星の一日の長さの決定(1873年:24時間37分22.713秒/この自転周期は現代の観測値に非常に近い)があります。また、イギリスの観測家ウィリアム・ラッター・ドーズの火星観測図をもとにした火星地図の作成(1867年)などもあります。
著作では、First Steps in Geometry(初歩の幾何学)/Light Science for Leisure Hours(余暇の光科学)/The Universe and the Coming Transits(金星の日面経過)/The Constellation-seasons(四季の星座)/The Moon(月の運動、月面観測)などを例としてあげることが出来ます。天文啓蒙書が多いように感じられますが、学術的な著作・論文も多数著述しています。
プロクターの最後の著作は「Old and new astronomy」で代表作のひとつとされていますが、執筆途中で亡くなったため未完に終わっています。しかし、彼の友人で天体物理学者のアーサー・カウバー・ランヤードによって恒星、銀河系、星雲・星団の分布の各章が加筆され、プロクターの死後4年目の1892年に発刊されています。
筆者の所持している「Lessons in ELEMENTARY ASTRONOMY」は、第2版です。しかし、発行年は印刷されていません。初版は未見ですが、同書の書評がイギリスの週刊誌「THE SPECTATOR Magazine」の1871年12月2日号に載っていますし、他の文献でも1871年となっていますので、初版発行は1871年と断定してよいと思います。
また、第3版の発行は1873年でこれも間違いないようです。これより類推すると第2版の発行は1872年または1873年初頭と思われます。実際、第2版の発行は1873年1月1日とする文献もあるようですが、筆者は確認に至っていません。
(2022年12月23日に続きます。)