人気ブログランキング | 話題のタグを見る

映画「ある女工記」試写会/葉山嘉樹と京築文化シンポジウム開催 平成28年6月11日

みやこ町豊津出身のプロレタリア作家、葉山嘉樹(1894~1945)の短編小説「淫売婦」を原作とする映画「ある女工記」の初の試写会が町総合文化センター「サン・グレートみやこ」で開かれました。

上映は6月11日の午後1時と3時半からの2回で、併せて葉山の短編小説「セメント樽の中の手紙」をプロモーション用に撮影した10分ほどの映画も上映されました。

このプロモーション映像は、「セメント樽の中の手紙」の文庫本を片手に、女子高生がみやこ町各地のさまざまな風景に身を置き、そして声に出して読み進める、というもので、見慣れた景色と以前読んだことのある文章が映像上で溶融一体化することにより、あたかも初めて見る風景であり、初めて接する文章であるかのような感覚を覚えた映像でした。

また、上映終了後には主演の清水尚弥さん、中村朝佳さん、監督の児玉公広さんによる舞台挨拶が行われ、さらに5時よりプロデューサーの西谷郁さんの司会進行で「葉山嘉樹と京築文化シンポジウム」が開催されました。
映画「ある女工記」試写会/葉山嘉樹と京築文化シンポジウム開催 平成28年6月11日_d0163575_1502127.jpg

左より、西谷プロデューサー、清水尚弥さん、中村朝佳さん、児玉監督 興味深い撮影余話を披瀝されていました。
映画「ある女工記」試写会/葉山嘉樹と京築文化シンポジウム開催 平成28年6月11日_d0163575_1504271.jpg

映画の原作「淫売婦」は、大正12年(1923)の「名古屋共産党事件」の未決囚として収監された名古屋刑務所内で書かれたもので、1923年7月10日脱稿、2年後の1925年にプロレタリア文学雑誌「文藝戦線」11月号誌上にて発表された小説です。

当時の資本主義体制の矛盾を階級としての労働者=搾取される側の人間の視点から描いたもので、「セメント樽の中の手紙」「労働者の居ない船」と並んで、葉山嘉樹の代表的な短編のひとつとみなされています。

原作の舞台は横浜ですが、映画化に当たっては葉山の故郷の豊津とその近隣地域が撮影地となっています。

例えば、映画冒頭の旅籠の一室を思わせる遊郭シーンでは、築上町の築100年の民家の中二階で撮影され、主人公とその妹の木橋の上での会話シーンでは、京都平野を流れる今川の上流に架かる三十田橋が使われ、葉山と同郷であり深い交流を持つ堺利彦が校長を務める農民労働学校の再現シーンでは、行橋駅前のかつての名物老舗弁当屋さんの二階が使われた、という具合です。

風景や建物でけではなく、船員たちが食べる饅頭や主人公の妹が手にする同人文芸誌やそのほかの小道具に至るまで、徹底して現在地元にあるもの、かつて実際に地元あったものに拘った映画作りが成されていて、それゆえに非現実的シーンでさえリアルに迫ってくる映画となっています。

原作は登場人物が少なく場面展開も少ないうえに暗く重苦しいテーマを扱った作品ですので、やや取っつきにくい感もありますが、映画では原作にないいくつかのサブストーリーを配することで、世の中には絶望だけではなく希望もあるという当たり前のことを再確認させてくれる効果が表れているように感じられました。

原作が扱っているテーマは現代社会にも通じるものがありますが、93年前に書かれた小説をより良く理解する手助けとして、試写会に続いて開催されたシンポジウムはたいへん有意義なものでした。
映画「ある女工記」試写会/葉山嘉樹と京築文化シンポジウム開催 平成28年6月11日_d0163575_151376.jpg

左より、↑ 司会進行の西谷郁氏(ある女工記プロデューサー)、小正路淑泰氏(堺利彦・葉山嘉樹・鶴田知也の三人の偉業を顕彰する会事務局長)、大﨑哲人氏(文芸評論家)、児玉公広氏(監督・脚本)

各氏のお話しは撮影エピソードも含めてそれぞれ示唆に富むもので、原作の「淫売婦」と映画「ある女工記」は何を問題として取り上げているのか、その問題を文章と映像でどのように描いているのか、そもそもメッセージは何なのか、等々を考えるうえでヒントとなる「キーワード」を示して解りやすく説いていました。

その中の一つとして大﨑氏は、映画冒頭で娼婦が呑む起死回生の霊薬「六神丸」を挙げています。六神丸は人間の生き胆を原料とするもので、生き胆を抜かれるのは、つまり搾取されるのは弱者である労働者であり、六神丸を製造するは資本側とするものです。

その六神丸を呑むのは映画では弱者として描いている娼婦であることも、霊薬の象徴的な扱い方でした。

また、児玉監督の「ある女工記」は青春小説でもある、という言葉には意表を突かれました。主人公の青年は、搾取される側の下級船員ですが、借金を重ねて売春宿に通います。

そして病を得て死を眼前にしたひとりの売春婦に出会い、衝撃を受け、義憤に駆られます。この女性をここから助け出さねばならない、と思うと同時に社会問題にも目覚める、という物語展開は、問題意識を持つという意味での青春小説とも言える、とのお話しでした。

なお、7月31日にも「築上町文化会館コマーレ」において試写会が行われるとのことです。
映画「ある女工記」試写会/葉山嘉樹と京築文化シンポジウム開催 平成28年6月11日_d0163575_1512553.jpg

「淫売婦 移動する村落 他五篇」(岩波文庫)

作者 葉山嘉樹
解説 水野明善
発行日 昭和29年1月25日 第1刷
発行所 岩波書店
臨時定価 80円 文庫版228ページ

収録作品 淫売婦/セメント樽の中の手紙/そりや何だ/労働者の居ない船/山抜け/坑夫の子/移動する村落
by iruka-boshi | 2016-06-14 15:01 | Comments(0)