ヘイデンプラネタリウムの絵葉書 1936年発行

ヘイデンプラネタリウムはアメリカ4番目のプラネタリウムとして1935年10月2日に開館されました。

アールデコ様式煉瓦造2階建ての建物設計はニューヨークの高級ホテル「セントレジス」やニューヨーク証券取引所を設計したトローブリッジ&リビングストン 社が担当し、内部仕様や展示品構成、使用プラネタリウム機材の選定などはのちにヘイデンプラネタリウムの名誉館長となるクライド・フィッシャーが大きくかかわっています。
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Lumitone Photoprint(ニューヨーク/1936年)発行の絵葉書 ↑

プラネタリウム名称の「ヘイデン」は、プラネタリウム機材購入のために15万ドルを寄与した銀行家チャールズ·ヘイデン(1878-1948年)に因んだものです。

設置プラネタリウムは我が国最初のプラネタリウム「大阪市立電気科学館(昭和12年(1937)」と同じくカールツアイスⅡ型でしたが、1960年にツアイスⅣ型、さらに1969年にツアイスⅥ型に変更されています。ドーム径と席数は変わらず23メートル・700席でした。

冒頭、アメリカ4番目のプラネタリウムと記しましたが、ちなみにアメリカ最初のプラネタリウムは1930年5月10日開館のアドラープラネタリウム(シカゴ市)、2番目は1933年11月1日開館のフェルスプラネタリウム(フィラデルフィア市)、3番目は1935年5月14日開館のグリフィスプラネタリウム(ロサンゼルス市)です。

下は「天界」の1950年1月号の表紙に掲載されたヘイデンプラネタリウム内の壁画「AMERICAN INDIAN STAR-MYTHS」です。
2010年8月2日の拙ブログに掲載した (ここです) → 絵葉書と同じもので、北米インディアンの月と太陽の物語を描いています。
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この「天界」1月号には「学者及び教師としての故クライド・フィシャ博士」という記事が載っています。
著者はニューヨーク大学で天文学を教え、のちにヘイデンプラネタリウムでアシスタントキュレーターを務めたマリアン・ロックウッドです。

彼女は単独で天文学の本を著していますが、フィッシャーとの共著もあり、フィッシャー博士の日常にも触れることのできた身近な人物のひとりです。それだけに、天界掲載記事は氏に対して限りない尊敬と親しみを込めた暖かい文章でつづられ、博士の人となりをよくあらわしています。
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クライド・フィッシャー ↑ 1878年5月22日 米国オハイオ州にて生誕、パーマー学院、コーネル大学など各地の大学で講師を務め、1913年にアメリカ自然博物館の教育主任となる。のちにヘイデンプラネタリウム館長に就任、1948年死去。

「天界」1月号表紙裏の写真、↓ 左上の左側人物がフィッシャー博士、右側人物はヤーキス天文台々長エドウィン・フロスト博士
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両人物の下の写真はヘイデンプラネタリウム夜景、右下はフィッシャー博士撮影のアリゾナ隕石孔です。彼は撮影および調査で何度もアリゾナ隕石孔に訪れています。
隕石孔の上の写真はアメリカ自然博物館でフーコー振子を始動するフィッシャー博士。

なお、ヘイデンプラネタリウムの絵葉書(大隕鉄とツアイスプラネタリウム)はここにも → 掲載しています。
弊店の本館です

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by iruka-boshi | 2014-12-19 15:00 | 星の本・資料 | Comments(0)