シンジュサン幼虫/日本書紀 皇極天皇紀

雨上がりの午後、庭の「ナノミ」の太枝でモソモソ動くシンジュサンの幼虫を発見。
こういうの苦手な人は結構いるでしょうが、幼虫のトゲトゲの水色パステルカラーの美しさにに思わずパチリ。

シンジュサンはヤママユガ科の蛾の一種で羽化すると開張14cmほどにもなる大型の蛾です。当初、名前由来はその体色からくる「真珠」とばかり思ってましたが、「神樹(しんじゅ)」と呼ばれるニワウルシ(ニガキ科)の葉を食樹にするところからきているそうです。シンジュサンの「サン」は、「蚕」のサンですね。

食樹はシンジュのほかにヌルデ、モクセイ、キリ、キハダ、クスノキ、クヌギ、エノキ、カラスザンショウ、柑橘類、等々のようですが撮影時にモソモソしていた「ナノミ」の大木のすぐ横にモクセイのこれも大きな木がありますので、多分これを食樹としていたのでしょう。あるいは「ナノミ」も食べるのかな?
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体長80mm、終齢幼虫 右が頭部です。平成25年10月16日 みやこ町にて撮影

ところで、「日本書紀」の皇極天皇の条に橘の樹につく幼虫を「常世の神」として祀った人物の話しが出てきます。その人の名を「大生部多(オオフベノオオ)」と言います。

この「常世の神」の話しの直前には蘇我入鹿が斑鳩宮の山背大兄王を襲撃し、王を自害に追いやったたことが記され、続いて中臣鎌足と中大兄皇子の法興寺での出会いが記されています。

「常世の神」についての記事翌年には中大兄皇子らが蘇我入鹿を謀殺するという大事件(大化の改新)が起きています。これらは皇極天皇2年(643年)から4年にかけての出来事です。

この二つの大きな事件に挟まれて唐突に「常世の神」の記事が現れます。この部分を岩波書店の日本古典文学大系の「日本書紀 下(258頁)」から転記意訳すると、

『秋七月に、東国の富士川のほとりに住む大生部多という男が虫を祭ることを村里の人に勧めて言った。「此は常世の神なり。此の神を祭る者は、富と長命を得ることができる。」

神と人の仲立ちをする巫覡(かむなぎ)たちもこれは神託だとして「常世の神を祭ると貧しい人は裕福になり、老人は若返る」と言う。そこで人々は財産を献じ、酒や菜や肉を道はしに並べて「新しい富が来た」と叫んだ。』

そして都の人も田舎の人も常世の虫を採ってきて清めた座に置き、歌い舞って幸せになることを求めて財を捨てたが、益することがなく弊害も多かったので見かねた葛野の「秦造河勝(はたのみやつこかわかつ)」が大生部多を征伐した、というもの。

この日本書紀の皇極天皇の条に記された「常世の神」である「虫」とはいったい何か、神仙思想を内包した道教めいた信仰を広めようとした「大生部多(オオフベノオオ)」とは何者か、なぜ河勝は大生部を誅しなければならなかったのかを論じた「古代の虫まつり/小西正己著/学生社刊」という本があります。

著者は日本書紀に記された虫(幼虫)の特徴、『此の蟲は、常に橘の樹に生る。或いは曼椒(ほそき)に生る。其の長さ四寸余り、其の大きさ親指ばかり。其の色 緑にして黒点有り。其のかたちもっぱら蚕に似たり。』を手がかりにヤママユガ科とスズメガ科の蛾10種を候補に挙げ、ひとつひとつ検討を加えます。

結論を先に言ってしまうと「常世の神」とは、シンジュサンのこと!! なぜなのか?


続きます。
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by iruka-boshi | 2013-10-18 00:29 | Comments(0)