耶馬溪鉄道(大分交通耶馬渓線)保存車輌/「民宿・レストラン汽車ポッポ」

車輌が設置されている「汽車ポッポ」の場所は、大分県中津駅近くの「豊陽交差点」を日田・耶馬溪方面(国道212号)へ2.5キロほど直進した道沿いです。

国道に向って4台の車輌が並べられていますので見落とすことはないと思います。
d0163575_713264.jpg

向い側のガソリンスタンドより撮影/2013年8月16日 左より「キハ601」「ハニフ22」、木に隠れて見にくいですが「蒸気機関車358」、さらに写真画面の右外に「キハ104」が置かれています。

耶馬溪鉄道は1913年(大正2年)に中津-樋田(後の洞門駅)間14.3キロで開業、翌年以降徐々に路線を伸ばし、1924年(大正13年)柿坂-守実(後の守実温泉駅)間の開業で全線開通。総延長は中津-守実間で36.1キロメートルです。

その後1945年(昭和20年)に「国東鉄道・別府大分電鉄・宇佐参宮鉄道・豊州鉄道・別杵自動車」と合併して「大分交通」が発足し、大分交通耶馬渓線となりましたが、昭和30年頃からの沿線農村の過疎化やマイカーの普及などにより経営維持が困難になり、1975年(昭和50年)10月1日を持って耶馬渓線は廃止されました。
d0163575_724094.jpg

キハ601 <やまびこ> 1956年/日本車輌製 大分交通耶馬渓線で使用され1975年10月1日に用途廃止。2013年8月16日撮影
d0163575_73334.jpg

キハ601の銘板
d0163575_742075.jpg

d0163575_75114.jpg

ハニフ22 1889年頃/九州鉄道会社小倉工場製 旧国鉄から耶馬渓鉄道へ譲渡(ハフ3)されたのち、荷室が付け加えられ(ハニフ2)、さらに大分交通との合併(1945年4月20日)でハニフ22に改番され、1975年10月1日用途廃止まで大分交通耶馬渓線で使用されました。画面左側の車両は「キハ601」です。2013年8月16日撮影
d0163575_754030.jpg
d0163575_763974.jpg

ペルギーのTUBIZE製蒸気機関車358/1948年製 2013年8月16日撮影
d0163575_771389.jpg

側面に付けられた銘板 もとは台湾糖業公司でサトウキビ運搬に使用されていた。台湾糖業公司は日本統治時代の製糖会社(台灣製糖・鹽水港製糖・大日本製糖・明治製糖)を国民政府が1946年5月に接収・合併させて設立したもの。かつて台湾は砂糖の一大産地で南西部を中心にサトウキビ運搬用機関車が大いに活躍していました。下は機関車358の運転台
d0163575_78461.jpg

d0163575_785057.jpg

d0163575_7102734.jpg

キハ104 <せきれい> 1937年/日本車輌製 大分交通耶馬渓線で使用されていたもので1975年10月1日用途廃止。2013年8月16日撮影

保存車輌はこのほかにも「汽車ポッポ」敷地の奥に「キハ102 かわせみ」と「キハ602 しおかぜ」があるそうで、実際、道路際から少しだけ見えていましたが、撮影の許可を得ようにも誰もいなかったので、無断で敷地内に入るのも気が引けて撮影を断念。・・・が、後で考えてみると敷地横に道があったので裏側に廻れば難なく撮影できたのでは・・・。
[PR]
by iruka-boshi | 2013-08-19 07:11 | Comments(0)