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中央気象台行橋観測所 昭和12年

「行橋市史 一町八村合併時」(昭和59年発行)の昭和戦前編に「国営気象観測所設置」という項目があります。少し煩雑になりますが、冒頭一部を転記します。

『気象は航空界に緊密なる関係を有し、当地方は航空路として重要の地位に在りて、毎日数回飛行機の航空を見つつありしが、昭和十一年特別議会において全国要地に気象観測所を設置の儀通過し、行橋町にも文部省所管のもとに中央気象台行橋観測所を設置せらるることとなり、福岡支台長始め関係職員度々出張、数ヶ所の候補地物色の末、長峡川河畔行橋区裁判所以東をもって、適格地として指定せられ(以下略)』

適格地の行橋区裁判所以東の当時の住所は「行事区有大字行事御蔵下」で現在の地番では「行橋市行事1丁目9番から12番」あたりになります。この地を昭和13年の地図でみると以下のとおり。
中央気象台行橋観測所 昭和12年_d0163575_11534488.jpg

画面中央付近を左右に流れる川は「長峡川」で、その上の川は「後川(浦川)」です。右端の川は「小波瀬川」で画面右側数キロ先が河口となり海へと続いています。
長峡川と後川(浦川)が交わるあたりが「行事御蔵下」で、その部分の拡大が下図。
中央気象台行橋観測所 昭和12年_d0163575_11544754.jpg

裁判所の右側の三角地に「観測所」と書き込まれています。この部分は現在番地では「行橋市行事1丁目9番」にあたります。

当時、この地は二反六畝四歩の耕地で「五百二十二円六十六銭」で買い上げたとのこと。
中央気象台行橋観測所 昭和12年_d0163575_11572968.jpg

観測所設置場所を対岸の行橋市大橋2丁目の法務局行橋支局付近から撮影 画面中央の右よりが三角地の突端、そのすぐ右が後川(浦川)の河口、手前の川は長峡川
中央気象台行橋観測所 昭和12年_d0163575_11522696.jpg

後川(浦川)に架かる御蔵下橋から下流を望む 橋の位置は上の地図で見た場合、「後川の後と川の間に画かれた橋」です。画面奥が三角地突端、右側の家並みは行事1丁目10番11番あたりです。

行橋の気象観測所の建物竣工は昭和12年3月で翌4月から観測開始、建設当時、福岡県内には二つの別組織の気象観測所がありました。

ひとつは福岡県営の観測所で、もうひとつは文部省管轄の国営観測所です。二つの観測所の歴史は次のとおり。

県営
明治23年(1890)1月1日 福岡県立福岡二等測候所 創立/観測開始(福岡市東中州町)
明治29年(1896)    福岡県立福岡一等測候所となる
明治40年(1907) 2月11日 春吉(福岡県筑紫郡住吉村大字春吉字八ツ溝1452番地)に移転
昭和8年(1933)      福岡県立福岡測候所に改称
昭和14年(1939)     中央気象台福岡支台と合併、国営に移管


国営
昭和5年(1930)8月  福岡飛行場(名島水上飛行場)敷地内に中央気象台福岡支台が開台(文部省管轄)
昭和6年(1931)3月   大濠(旧・福岡市西公園下/東亜勧業博覧会跡地)に移転
昭和12年(1938)4月  中央気象台福岡支台行橋観測所 観測開始
昭和14年(1939)11月 福岡県立福岡測候所と中央気象台福岡支台が合併、福岡管区気象台に改称、全国の気象官署を統一し、国営に移管(文部省管轄)

行橋観測所はいつまで存続したかは調べるに至っていませんので不明です。
またいつの日かこの稿を書き足します。
by iruka-boshi | 2013-05-06 11:55 | Comments(0)