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ジョン・ヒルの星座 (その3)

ジョン・ヒル(1716-1775)が1754年に発刊した「Urania」掲載の13星座は次のとおり。

Aranea/クモ座
Bufo/ヒキガエル座
Dentalium/ツノガイ座
Gryphites/古代の牡蠣座
Hippocampus/タツノオトシゴ座
Hirudo/ヒル(蛭)座
Limax/ナメクジ座
Lumbricus/ミミズ座
Manis/センザンコウ座
Pinna Marina/イガイ(貽貝)座
Scarabaeus/スカラベ座
Testudo/亀座
Uranoscopus/オコゼ座

この中に貝の星座が二つあります。ツノガイ座とイガイ(貽貝)座です。古代の牡蠣座も貝と言えば貝ですが、ここでは「化石」に入れておきます。

下図の水がめ座の肩あたりに「ツノガイ座」があり、右端に「イガイ(貽貝)座」があります。ツノガイ座は現代の星座区分では水がめ座とわし座の境界あたりに位置し、イガイ座は射手座とわし座の境目あたりに位置するようです。
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いずれも4~5等星の目立たない星ばかりで、ジョン・ヒルとしては星座の場所はどこでも良く、数個の星の配列があればとにかくそこにツノガイとイガイの星座を創りたかった、のではないかと思えてきます。

Dentaliumの訳はツノガイ座で良いと思うのですが、Pinna Marinaはあるいは「ムール貝座」のほうが適しているかもわかりません。「イガイ」と「ムール貝」を並べてみたとき、「ムール貝」のほうが日本語として広く知られている言葉のように思えますので。

もっとも、この場合、ムール貝のムール(moule)はフランス語で貽貝(イガイ)そのものを指すようですので「貽貝貝」では具合が悪く、「ムール座」とするべきでしょう。しかしそうなると「ムール座」って何? ということになってしまいます・・・。

さて、次はオリオンの頭上に位置する「ヒル座」です。現代の区分では、オリオン座とおうし座の境あたりで、おうし座ζ星の下の数個の4~5等星で星座を形作っています。
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Hirudoは学名で言うと「吸血ヒル(チスイビル)」ですので、「吸血蛭座」が良いように思われます。・・が、これではさらに嫌悪感が増すばかり。

しかし、医師でもあったジョン・ヒルは生きたチスイビルを用いた治療(瀉血療法)があることを当然熟知していたでしょうから、彼にとってはあながち奇をてらった星座設定でもなかったような気がします。(充分に奇をてらってます) 

チスイビルの英名Leechには医者を示す意味があるそうですが、もともとHirudoはラテン語で医者を意味しているそうです。さらに言うと、漢方では乾燥したヒルの生薬名を水蛭(すいてつ)と呼ぶそうですので、日本語の星座名としては「水蛭座」も候補にあげておきます。

9月17日と20日と本日(9/24日)でジョン・ヒルの星座10個を紹介してきました。残り3座は、「ナメクジ座」「クモ座」「タツノオトシゴ座」です。

まずは、ふたご座の図の右側の「ナメクジ座」から。場所はエリダヌス座の下方、ウサギ座との境界あたりです。Limaxの日本語訳は「コウラナメクジ」です。ついでながら、ふたご座の下に「ミミズ座」、上に「オコゼ座」があります。
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日本各地で普通に見かけるいわゆるナメクジと同様に広く国内に分布していますが、もとはヨーロッパ原産の帰化動物とのこと。コウラナメクジは「甲羅ナメクジ」の意で、退化した殻が薄く楕円形に体内に埋もれている状態を言いあらわしていて、その様子が星座絵にも描かれています。
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画像左側の図は、おとめ座のスピカとうみへび座の尾に挟まれた「くも座」です。この星座絵が載っているSky&Telescope誌の説明によると「Aranea」は「long-legged spider」となっていて、アシナガグモ科のクモを思い浮かべる記述となっています。

大きな分類でいうとこれで間違いではありませんが、星図は「Aranea」と記されていますので、アシナガグモ科(Tetragnathidae)よりはコガネグモ科(Araneidae)がふさわしいように思われます。したがって「コガネグモ座」と仮に名づけておきます。しかし、まあ、単に「クモ座」で良いか・・・。

クモ座の位置を現代の星図に当てはめるとたくさんの銀河系外星雲が集まっている場所であることがわかります。系外星雲は肉眼では見ることができませんが、星空にこのクモ座の形をたどるとき、クモの巣にからめとられた無数の系外星雲を一緒に思い描くことができるような気がします。

最後は、おうし座とエリダヌス座のあいだに設定された「タツノオトシゴ座」です。ここも4~6等星の暗い星ばかりで、数個の星々からタツノオトシゴを想像するのはチョットむつかしいようです。

ジョン・ヒルは、星座と星座の隙間を埋めるようにして新たに星座を設けていて、既存のよく知られた星座を壊してまで自分の星座を創りあげてはいません。彼が発表した小説が下品で風刺や皮肉を含んでいたとしても、彼自身は科学者としての一定のモラル(星座の歴史やその星座が創られた経緯なども含めて)を持っていたのではないかと思いたいところです。

ジョン・ヒルは英国最古の自然科学学会ロイヤルソサエティーに加わることを望んでいましたが、必要な推薦人を得ることができず入会を断念しています。

このことが彼の生き方や著作物に何らかの影響を与えたのか、与えなかったのか。

ジョン・ヒルの13星座は正式に星座として採用されることはありませんでしたが、彼なりの
方法で天文やその他の科学界に対して一矢を報いたのではないでしょうか。

毀誉褒貶に満ちた起伏の多い彼の人生だったようですが、26巻にも及ぶ植物学の大著などを残し、1775年にロンドン中心部のゴールデンスクウェアで亡くなり、バッキンガムシャーのデナムに埋葬されました。
by iruka-boshi | 2012-09-24 22:22 | 星の本・資料 | Comments(0)