エトランゼエと天文台

夕方が来た。私の旅の心は落ちつかなかった。円い行燈のような石の塔につく天文台の燈火が私の部屋から望まれた。私はその燈火を眺めて、暮れそうで暮れない夕方を耐えた。
(エトランゼエ・春陽堂版・55ページより)

大正2年4月、島崎藤村は横浜とフランス・マルセイユ間を往復する定期船エルネスト・シモンの船客となっていた。マルセイユ到着は5月20日で、藤村はこの日より大正5年4月まで3年間をパリで過ごすことになる。

遊学の目的は、文化・芸術の勉強にあったが、その実、前年に自らが起こしてしまった姪・こま子とのけっして世間が認めることのない関係からの逃避でもあった。

藤村が下宿したパリ5区ポオル・ロワイヤル通り86番地は、リュクサンブール公園にほど近いところにあり、この公園の南端にパリ天文台がある。毎日のようにリュクサンブール公園を散策した藤村は、帰路はこの天文台のドームを目印として宿へ向かうことを常としていた。「エトランゼエ」の文中、何度となく「天文台」が出てくる。パリ滞在中、藤村の意識の奥底には絶えず天文台の存在があったのだろう。

しかし、白く輝く天文台の姿は、宿の方角を知る手立てとしてだけではなく、異国の地においてここに至るまでの事実から逃避し、公園の木々の間を歩き続ける藤村にとって、動くことのない、あるいは動かすことの出来ない何かを指し示すものとしてその眼に映ったのではないだろうか。

帰国した藤村はやがて「新生」を発表、自らの姿を世に問うたのだった。

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パリ天文台の絵葉書を2010年6月17日の当ブログにUPしています。→ https://irukaboshi.exblog.jp/11341629//


エトランゼエ 仏蘭西旅行者の群
著者:島崎春樹(藤村)
発行:春陽堂
印刷日:大正11年9月15日
発行日:大正11年9月18日 初版
大正11年10月20日 9版発行
14cm×19.5cm/432ページ

いるか書房本館にエトランゼエをUPしました(現在ウリキレ)http://irukafu.starfree.jp/


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by iruka-boshi | 2010-06-15 13:35 | 天文台 | Comments(0)