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中津市街地から南へ約10キロ、卓状溶岩台地と呼ばれる特異な形をした「八面山」に行ってきました。

八面山は標高659mでさほど高い山ではなく、市街地から近いことや整備された道路が付いていること、日帰り入浴できる温泉もあることなどで古くから広く市民に親しまれてきた「ふるさとの山」です。

・・・で、この八面山の中腹にある「八面山平和公園」が今回の目的地ですが、山に至る道の途中で「コスモス祭」に出合いましたので、ここでちょっと寄り道です。

場所は三光公民館近くの転作田ですが、転作田を使用するため毎年位置が変わるとのこと。
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八面山から流れ来る金色川を挟んだ約13haの転作田に1250万本が植えられているそうで、祭会場には物産販売のテントが並び、歌や踊りの舞台が設けられています。

コスモス祭り開催期間は平成26年10月19日~11月8日で、土日はミニSL乗車、熱気球体験搭乗ができるそうです。
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遠くに見えるかすんだ山が「八面山」です。どの方向から見ても同じように見えるということで名づけられたと云われています。

コスモス祭会場から八面山平和公園まで車で10分程度で到着。

ここには米軍戦没者慰霊碑や村田曹長之碑をはじめとして平和の塔、世界少年平和像、記念館、F86F保存展示機などがあり、毎年5月3日に戦没者慰霊・平和祈願祭が催されていますが、これらの碑や塔が建立された経緯は太平洋戦争の末期昭和20年まで遡ることができます。

昭和20年5月7日午前10時20分頃、陸軍飛行第四戦隊所属の「屠竜」が宇佐海軍航空基地を爆撃した直後のB29に対して体当たり攻撃を敢行。

11機編隊のB29爆撃機のうち体当たりを受けた先頭機が八面山々中に墜落、「屠竜」も中津市三保区洞の上の山中に墜落。

この交戦により「屠竜」操縦の村田勉曹長とB29搭乗員11名のうち8名が戦死、残り3名はパラシュート脱出しましたが、のちに拘束され、戦時重要犯罪人として処刑されています。

また、終戦直前の8月12日午後3時頃 八面山上空を哨戒中の零戦1機が米グラマン4機と遭遇、激しい空中戦の末、零戦は中津市森山の田んぼに墜落、搭乗の加藤茂兵曹長が戦死するという出来事もありました。

戦後、これらの日米戦没者の慰霊と世界平和を祈念して慰霊碑が建立されたことを契機として公園化が図られ、現在に至っています。
平和公園の向かいの記念館には村田曹長の遺書や墜落したB29の機体の一部、兵士たちの写真などが展示されています。
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平和公園内に展示されているF-86F「極光」92-7888機、昭和51年6月8日に第8航空団第10飛行隊(築城)にて用途廃止となった機体です。
下の画像の説明板に「昭和34年3月から昭和51年3月まで3452時間飛行」とあります。
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保存機から少し登ったところに設置された「八面山碑」 ↓  昭和62年10月建立、中津沖代ライオンズクラブ寄贈
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さらに登ったところから見る八面山山頂 ↑ と、中津市街 ↓ 手前の白い屋根は野外音楽堂です。
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八面山には「八面山碑」のような巨岩・奇岩が数多く散在し、独特の景観を呈していますので、ゆっくりと巨岩散策をしたかったのですが、時間の都合でそうも行かず保存機撮影後早々に帰途につきました。次回訪問時の楽しみに取っておきます。
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本日の「気象天文図鑑」は当ブログの2011年7月1日に取り上げました「最も新しい気象天文図鑑」と同じ内容のものです。

「最も新しい気象天文図鑑」が昭和26年発行の初版第1刷に対し、本日の「気象天文図鑑」は昭和30年発行の第13刷に当たります。

下の画像はカバーをはずした状態の表紙で、表紙絵作者「T.Miyamoto」のサインが隅に入っています。本文内容については2011年7月1日の記事のとおりですので、ここでは前回紹介できなかったページを少しだけ掲載します。
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タイトルページの「天気をしらべる気象台」 ↓
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掲載画像では小さすぎてよくわからないと思いますが、右側鉄塔の上端に気象状況を示す旗が描かれています。

一番上の赤い三角旗とその下の赤と青の三角旗は風向きを示す旗でそれぞれ「南の風」と「南西の風」を表しています。

三角旗の下の白い旗は「天気旗」で、「晴」です。一番下の少し細長い赤い旗は「寒暖旗」で、これから気温が上がっていくことを示しています。

特定のモデルがあっての気象台イラストではないと思いますが、無線鉄塔にハタしてハタがハタめいていたのか。 円塔の上の小さな鉄塔上には二つの風力計と一つの風向計が描かれています。

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 ↑ 「雨の種類」を解説したページ 降雨の原因で分けると「前線性/地形性/低気圧性」の三つがあるそうで、季節で分けると「春雨/梅雨/夕立/秋雨/時雨」があり、振り方で分けると「地雨-長時間降り続く雨/霖雨-振ったりやんだりして何日も降る雨/村雨-短時間降る雨/驟雨-にわかに降り出す雨/糠雨-こまかい霧のような雨」等々の雨の呼び名が書かれています。ほかにも例を示していますが、すべて転記するのはちょっと煩わしいので省略します。

ご存じのように雨の呼び名は風の呼び名同様非情に多くの種類があるわけで、方言や特定の地域で使われるその土地固有の降り方を示す語彙を加えると降雨状態を表す言葉は無数に存在すると言ってよいと思います。

天文編より「太陽系はどうしてできたか」のページ ↓
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本書では四つの説が紹介されていて、画像の左から「ジーンズの潮汐説」「ラッセル、リットルトンの連星説」「ペルラーゲの電場説」「ワイゼッカーの新星雲説」です。

現在考えられている太陽系生成の標準モデルの原型は18世紀に提唱された「カント、ラプラスの星雲説」ですが、ここでは無視されていて、かわりに「ワイゼッカーの新星雲説」が紹介されています。1960年代に入るまでは「ジーンズの潮汐説」が最有力候補でしたが、今では否定されています。
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「星と取り組む天文台」のページ ↑
左よりアメリカのパロマ天文台、天文台内部の様子、反射望遠鏡の仕組み、その右側の緩くカーブを描いた鉄塔に支えられた四角の枠は我が国最初の電波望遠鏡です。

完成は1949年(昭和24年)で東京大学理学部の畑中武夫を中心としたグループにより開発され、当時の東京天文台三鷹の敷地内に設置されました。

現在のパラボラ型とは異なり、縦2.5メートル、横5メートルの木製の枠に金属棒を固定してアンテナとしています。

カーブした鉄塔は1936年(昭和11年)の北海道日食の際に使用された望遠鏡の架台で、赤道儀の一部も転用されています。下の画像は、「科学画報 昭和11年8月号」の「北海道の皆既日食観測記特集」に掲載された早乙女博士観測所の十二インチ赤道儀の写真です。北海道北見国女満別村小学校運動場とそれに隣接した飛行場との境に設けられた臨時観測所に設置されていました。
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紹介したいページはまだまだたくさんあるのですが、最後にページいっぱいに描かれた大迫力のプラネタリウムのイラストで終わりとします。
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1937年(昭和12年)3月13日開館の大阪市立電気科学館に設置されたツアイス社製Ⅱ型プラネタリウム


気象天文図鑑

編著者 理科教育研究委員会 實野恒久
昭和26年7月10日 印刷
昭和26年7月15日 発行
昭和30年2月15日 十三刷発行
発行者 今井龍雄
印刷所 日本精版株式会社
発行所 株式会社 保育社
18.5×26cm/77ページ
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月が昇ってきた。このとき既に半影食に入っているが、低空のため、確認は困難。
しかし、空は全天雲ひとつなく快晴、月食のすべての過程を楽しめそうだ。 ↓ 17時57分撮影 CANON ZOOM EF 100-300mm使用
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↓ 部分食が始まって7分経過、18時21分撮影 「嵐の大洋」の大部分が食されている。
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↑ 18時32分撮影 「虹の入江」「雨の海」が隠され、「晴れの海」が食されようとしている。
↓ 18時45分撮影 「晴れの海」は半分ほど食され、「静かの海」「神酒の海」が欠けはじめる。
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↑ 19時01分撮影 「晴れの海」「静かの海」「神酒の海」が食され、楕円形の「危機の海」だけが残っている。
↓ 19時14分撮影 部分食が始まってちょうど1時間 皆既の始まりまであと10分
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↑ 19時38分撮影 皆既食開始から14分経過 「嵐の大洋」から「豊かの海」にかけての赤銅色に対し、「氷の海」付近の白色が印象的
↓ 20時32分撮影 皆既食が終わって7分経過 「雨の海」の端「虹の入江」まで復光したきた。
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↑ 20時46分撮影 「雨の海」の半分、「嵐の大洋」の半分まで復光
↓ 21時16分撮影 「静かの海」復光、「豊かの海」「神酒の海」も復光してきた。
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↑ 21時25分撮影 部分食終了まであと10分
↓ 21時39分撮影 部分食が終わって4分経過 半影食はまだ続いています。
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過去、何度となく見てきた月食ですが、食の始まりから終わりまで全過程を雲なしで見ることが出来たのは久しぶりのことでした。
皆既中の月の色は少し暗い赤という印象で、「ダンジョンの尺度」でいうと「2」かな?

掲載画像の2枚目以降はCANON ZOOM FL85~300mm+エクステンダーFD2×-Aを使用して撮影しました。

2014年10月8日皆既月食
半影食始まり 17時14.1分
本影食始まり 18時14.5分
皆既の始まり 19時24.6分
食の最大   19時54.6分
皆既の終わり 20時24.5分
本影食終わり 21時34.7分
半影食終わり 22時35.2分

皆既中の月と天王星   月の右斜め上、月に一番近い星が天王星で、うお座に滞在中。
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2014年10月8日20時04分撮影
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