<   2014年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

夏休み期間中の土日、NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」にちなんで官兵衛ゆかりの地、柳ヶ浦~博多間で「臨時特急官兵衛きらめき7号」が運行されています。

車両は南福岡車両区所属の787系BM-13編成です。
d0163575_14502244.jpg

「官兵衛きらめき7号」の中津側の先頭 ↑

「官兵衛きらめき7号」の前面は、官兵衛が戦場で用いたとされる「赤合子形兜」に黒田家の家紋「藤巴」が描かれ、側面には官兵衛のキャラクター「ふくおか官兵衛くん」や「くろかんくん」、NHKの軍師官兵衛のポスター、官兵衛クイズのロゴなどが描かれています。

↓ 左が「ふくおか官兵衛くん」、右が「くろかんくん」。 「くろかんくん」は、中津市の公式官兵衛キャラクターです。
d0163575_14511657.jpg

d0163575_14505090.jpg

「くろかんくん」とクモロ78713 ↑
d0163575_14511676.jpg

「ふくおか官兵衛くん」 ↑ 中津側先頭クモロ78713 です。
d0163575_14513360.jpg


柳ヶ浦~博多間運行は残すところ2回、8月30日・31日のみ。

柳ヶ浦発 9:23、中津発 9:34、行橋発 9:55、小倉発 10:22、戸畑発 10:28、黒崎発 10:33、折尾発 10:38、赤間発 10:50、博多着は11:11となっています。
d0163575_1458474.jpg

[PR]
「国民科学」に似た名前で「国民科学グラフ」という国防科学、乃至、家庭科学を扱った科学雑誌があります。

「国民科学」の創刊は昭和14年(1939)、「国民科学グラフ」は少し遅れて和17年(1942)の創刊で、こちらは時節柄、当時の軍部の意向を反映した科学雑誌でした。

「国民科学グラフ」は当初、日刊工業新聞社が発刊元でしたが、創刊翌年の昭和18年からは国民科学社が発刊元になっています。「国民科学グラフ」の顧問には「科学画報」「子供の科学」の原田三夫が就き、自身も「国民科学グラフ」へ寄稿しています。

「科学画報」の創刊は大正12年(1923)で、「子供の科学」はその翌年創刊です。

「科学画報」「子供の科学」以前では、すでに大正2年(1913)に「現代之科学」、翌年「自然科学/改造社」が創刊され、すぐれた科学記事を掲載していましたが、大正6年(1917)創刊の「子供と科学」「少年科学」を経て、大正12年(1923)に「科学画報」「子供の科学」が創刊されたあたりから科学雑誌への注目度が高まりはじめ、その後、昭和4年(1929)「面白い理科」、昭和6年(1931)「科学/岩波書店」、昭和9年(1934)「面白い科学」、昭和11年(1936)「科学ペン」、昭和16年(1941)「科学朝日」「図解科学」「科学文化」、翌年「科学日本」等々が陸続と創刊されるに至って、のちに『第一次科学雑誌創刊ブーム』と呼ばれる活況を呈するようになります。

本日の「国民科学」は上記のように第一次世界大戦の終結前後から第二次大戦終結までの間の『第一次科学雑誌創刊ブーム』に誕生した幾多の科学雑誌のなかのひとつではあるものの、表面的・通俗的な科学記事掲載に終始することなく、高度な内容も含む科学啓蒙誌となっています。

d0163575_23263779.jpg

「11月号天文特輯」の表紙 ↑ 1937年6月8日 ハワイとフィジーのほぼ中間に位置するフェニックス諸島カントン島にて米海軍日食観測隊によるコロナスケッチ

このときの皆既日食は、 南太平洋東部から南アメリカ西岸を通るもので、皆既継続時間は20世紀第2位の長さの7分4秒でした。カントン島では皆既3分33秒。

表紙の左下の図は、水素原子4個からヘリウム原子1個がつくられる核融合を描いています。
d0163575_23261146.jpg

国民科学11月号の目次 ↑↓ 「天文特輯」とあるものの関連記事は4本のみ。 しかし執筆者4名「古畑正秋・廣瀬秀雄・畑中武夫・村山定男」の諸氏はいずれもビッグネームの方々です。
d0163575_23275089.jpg


それぞれの記事の小項目を列記します。

天体観測の発達と限界-古畑正秋
●望遠鏡の発達
●望遠鏡の限界
●200吋望遠鏡の威力
●観測方法の進歩
●観測を制限するもの

星の軌道はどうして計算されるか-廣瀬秀雄
●計算天文学と計算技術
●星の軌道の計算法
●軌道と摂動計算の意味

書きかえられた天文学-太陽コロナと星の進化論-畑中武夫
●コロナの光
●コロナ輝線の本体
●新しい謎
●コロナと原子核
●原子核と太陽
●原子力機関としての太陽
●星の進化

誰にでも出来る天体望遠鏡の作り方-村山定男
●小項目はありません。 オプチカルベンチの作り方とこれを用いた望遠鏡の作り方が書かれています。
d0163575_23272278.jpg

d0163575_23275535.jpg

他にコラムとして「原子のスペクトル/原子分裂とエネルギー」の2本があります。

下図は電離層観測ロケット「ワック・コーポラル Wac Corporal」の解説ページです。

ワック・コーポラルはアメリカ初の高高度観測用ロケットで到達高度は約70㎞です。最初の打ち上げは1945年10月1日ですが、その前にワック・コーポラルのブースターとなるタイニー・ティムロケットの試射がニューメキシコ州ホワイトサンズ・ミサイル実験場で実施されています。(1945年9月16日/9月26日)
d0163575_23283068.jpg

ロケット先端近くに流星塵とオゾンの採取口があり、その下に前部パラシュート格納部があります。その下には後部パラシュートに取り付けられた宇宙線と紫外線の計測装置があり、さらに下に赤外線検出器や太陽スペクトル分光写真器などがあります。

「ライターのいろいろ」の図版より ↓ さまざまな形状のライターや火縄式ライター・マッチ式ライターなどを紹介し、使いやすさなどを含めて解説しています。
d0163575_23295317.jpg

d0163575_23301335.jpg

裏表紙見返しの広告 ↑ 科学雑誌に「映画広告」や「大菩薩峠」は似つかわしくないようですが、「国民科学」が大人向けの雑誌だったということでしょう。

「五球スーパー式ポケットラジオ受信機」の記事などは英語の勉強のためなのか、冒頭部分は英文ですし・・・・。

広告の左端人物は女優の高峰三枝子さん。 高峰さん主演の「今ひとたびの」は、第2回毎日映画コンクール(1947年)の作品部門で日本映画大賞を受賞してますね。・・・科学雑誌紹介の本日記事とは何の関係もありませんが。

進駐した機関車/米国製42頓電気機関車 ↓ 1945年ゼネラルエレクトリック社製 大阪に1台、東京に7台あり、米国進駐軍から運輸省に貸し出している、そうです。8気筒180馬力とのことで、以下こまごまと性能などが書かれています。記事タイトルは電気機関車ですが、「発電機を搭載したディーゼル機関車」です。
d0163575_23293918.jpg


国民科学 第八巻第七号
昭和二十一年十一月一日発行(毎月一回一日発行)
編輯兼印刷者発行人 倉本長治
発行所 東京都京橋区銀座西八ノ九 科学社
印刷所 新日本印刷株式会社
18.5×26cm/44ページ/定価四円

編輯兼発行人の倉本長治さんは、のちに雑誌「商業界」の主幹として活躍された方です。

氏は、旧態依然とした小売業界に近代的な経営理念導入を提唱し、また、スーパーマーケットやチェーンストアをいち早く我が国に紹介するなどの活動で日本の商業界に大きな影響を与えた方ですが、なんでまた畑違いともいえる科学雑誌の編集者なのか。「科学画報」「子供の科学」の原田三夫の自叙伝「思い出の七十年/誠文堂新光社」にこうあります。

『翌昭和十年私は「科学画報」の宣伝のため、当時同社発行『商店界』の編集長であった、いまの「商業界」の会長倉本長治と、全国をまわり大都市で講演映画会を催した。』

文中の同社とは誠文堂新光社のことです。原田三夫は「科学画報」「子供の科学」発行後、しばらくして誠文堂新光社と折り合いが悪くなり、その後、長い間絶縁状態となりましたが、昭和9年に原田の雑誌「面白い科学」が「子供の科学」に合併吸収されたことを機に、再び誠文堂新光社に顧問として入社しています。

そして、再入社の翌年、倉本長治とともに映画「宇宙の驚異」を全国で上映し、講演会を開いて「科学画報」を宣伝した、ということです。

「国民科学」が創刊され、その編集人に倉本が就くのは全国公演から数年後のことですが、「国民科学」の創刊や編集人倉本の就任には原田三夫が何らかのかたちで関与したのではないかと推測します。あくまでも推測ですが。

いるか書房本館にUPしました。→ ここです。(9/6日ウリキレです)
[PR]
画像の左側は昭和32年初版の「四季の観測」、右側は昭和40年初版の「四季の天体観測」です。
d0163575_21533168.jpg

書名はちょっと違いますが、双方とも「肉眼・双眼鏡・小望遠鏡で」がタイトルの前に付いています。著者・出版社は同じで中野繁著/誠文堂新光社です。

両書掲載の写真・図は、目次ページのウイルソン山天文台撮影のカニンガム彗星の写真をはじめとして、すべて同一の写真・図が使われています。

さらに、各星座の観望・観測対象を解説した文章も一字一句ほとんど違いは有りませんので、書名が異なるものの二つの書籍は同じものと言ってよいと思います。

しかし、双眼鏡・望遠鏡の資料編となっているページには若干の違いがありますので、この部分を少し記します。

先ず些細なことですが、「四季の観測」では、代表的な望遠鏡・双眼鏡の製造・販売メーカー10社のなかに「富士写真」と「東京光機KK」が入っていますが、「四季の天体観測」ではこの両社除かれ、替わって「日野金属産業KK」と「エイコーKK」が入っています。

ちなみに「四季の観測」の「富士写真」はプリズム双眼鏡一覧に掲載の43機種のうち23機種を占め、「東京光機KK」は7機種を占めています。双方ともに望遠鏡一覧には掲載がありません。

また、「四季の観測」の双眼鏡一覧にはメーカー別・口径別に販売価格も記載されていますが、さらに同書の望遠鏡一覧では屈折経緯台・屈折赤道儀・反射経緯台・反射赤道儀分けられて、口径別・各メーカーの機種別に販売価格が表示されています。

機種は具体的に名称を挙げて例えば、

五藤光学屈折経緯台 ダイアナ号 8500円 口径42ミリ
五藤光学屈折経緯台 コメット号 17000円 口径42ミリ
アストロ光学屈折経緯台 J1型 26000円 口径60ミリ
アストロ光学屈折赤道儀 R8型 23500円 口径42ミリ
日本精光76ミリ屈折赤道儀 70000円 口径76ミリ
関西光学工業 反射経緯台 口径80ミリ 24000円
西村製作所 反射経緯台 口径200ミリ 70000円
アストロ光学 反射赤道儀 口径150ミリ 200000円  などとなっています。望遠鏡は80種近く掲載されています。

このページ部分は「四季の天体観測」では、双眼鏡・屈折・反射に分けられているものの口径とf値別に大まかな価格帯が記されているのみです。「四季の天体観測」が発刊された昭和40年時点ではメーカー・機種ともに飛躍的に増大して、限られた紙面数では掲載の取捨選択が難しくなっていた、と想像します。
d0163575_21405096.jpg

さて、星座別の見どころ案内の部分ですが、1月の空、2月の空という具合にその月の夜半前に見やすい位置に来る星座を取り上げて、各星座ごとに肉眼の対象、双眼鏡の対象、口径5センチまでの対象、口径8センチの対象をそれぞれの見え方とともに紹介しています。

例えばオリオン座では、

肉眼対象 M42、ベテルギューズ
双眼鏡対象 M42の中のθ星(四重星)、3つ星とπ1~π4の星列
5cmまでの対象 θ、δ(二重星)、σ(四重星)、β(二重星)、ι(二重星)、M43、M78
8cmの対象 ζ(三重星)、ρ(二重星)、λ(二重星) という具合です。「四季の観測」「四季の天体観測」は、重星や連星が数多く紹介されていて、本書の特徴のひとつとなっています。
d0163575_21412843.jpg

本文に入る前のページは5ページに亘って星図が掲載されています。 ↑ 本書11ページ「冬の星座」より、ふたご座・オリオン座付近、文中で取り上げられた対象星には矢印が付けられています。
d0163575_21415835.jpg

画像の左側 ↑ 「四季の天体観測」41ページより、M3の導入星図と4cm20倍での見え方、その下はりょうけん、おおぐま、こぐまの二重星

画像の右側 「四季の観測」57ページより、かんむり、りゅう、ヘルクレスの二重星

本書にはたくさんの写真が掲載されていますが、その多くは1955年から56年に掛けて星野次郎氏によって撮影されたものです。

使用機材は29cm反射・13cm反射・ヘキサー500mm・クスナー300mm・ドグマー150mmで露出時間は対象物によって異なりますが、20分~40分~90分ほどです。なかには120分にも及ぶものもあり、当時の撮影環境を考えるとたいへんな作業であったと思います。

いずれも素晴らしい天体写真なのですが、残念なことに「四季の観測」に使われている紙の質の問題と恐らく印刷インクの問題でコントラストのハッキリしない天体写真・星野写真となっています。
d0163575_21422477.jpg

↑ 左側、「四季の観測」54ページのM13(29cm反射使用)とM13の5cm40倍のスケッチ 右側、「四季の天体観測」54ページの同じ写真です。「四季の天体観測」では紙質を上げて印刷ムラのないコントラストの良い写真になっていることがわかると思います。

本書113ページに星野次郎氏自作の観測所と収められている29cm反射(鏡面自作)の写真が載っていますが、ここでは「日本の天文台/誠文堂新光社」の112ヘージに掲載された同観測所と自作29cm反射の写真を転載します。 ↓ 29cm反射・f1900mmと同架の12cm・f2400mmF18のカセグレン、同じく同架されたクスナー300mmカメラ、人物は星野次郎氏
d0163575_21425436.jpg

d0163575_21431537.jpg

↑ 左側、「四季の天体観測」より「シリウスとM41」 右側、「四季の観測」より「シリウスとM41」 1956年1月15日露出41分/星野次郎氏撮影

簡潔ながら味わいのある文章で綴られた「四季の観測」と「四季の天体観測」は、昭和30年代・40年代に星空に興味を抱いた方々にとって、思い出深い大切な星の本のひとつではないでしょうか。

各地の小学校・中学校の図書館・図書室に置いていた星の本といえば、多分これだったと思うのですが・・・。

d0163575_21434314.jpg

「四季の天体観測」本体とケース


肉眼・双眼鏡・小望遠鏡で四季の観測
昭和32年12月20日 第1版発行
著者 中野繁
発行者 小川誠一郎
発行所 誠文堂新光社
印刷 三友印刷KK
製本 関山製本社
装丁 菅野陽太郎
定価480円/地方定価485円
19×26.5cm/139ページ

肉眼・双眼鏡・小望遠鏡で四季の天体観測
昭和40年2月27日 第1版発行
昭和41年8月5日 第2版発行
著者 中野繁
発行者 小川誠一郎
発行所 誠文堂新光社
印刷 錦印刷
製本 関山製本社
装丁 星野重治
定価1000円
19×26.5cm/139ページ
巻末に月面の地形及び月面図付き
[PR]