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台風一過の完璧な青空に恵まれた今年の航空祭、来場者は約8万人とのことで、7時少し前に会場周辺の駐車場に着いたときにはすでに満車状態。

他の駐車場も満車というので仕方なく滑走路西側の林の中に駐車。ここから延々と歩いてようやく正面ゲートに到着。

例年、渋滞を予想して朝6時半頃に我が家を出て、8時のオープニングフライトに充分間に合うのですが、今年のように朝から好天気のときは要注意ということを今回初めて学びました。・・・皆さんすでに学習済みでしょうが。

さて、今年も会場手前の対空機関砲のコーナーは長蛇の列でなかなかの人気でした。昨年は体験搭乗でしたが、今回は対空機関砲をバックに記念撮影になっていました。
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VADS-1改 対空機関砲 下の画像は対空機関砲の隣に展示していた81式短距離地対空誘導弾(SAM-1)の射撃統制装置のプレート 航空機に比べて地味な存在にも拘わらず熱心に質問を繰り返す老紳士1名、それに対して一生懸命且つ丁寧に答える若い隊員1名、の横に置かれたSAM-1のケース。↓ 中身は要らないがこのケースはいろいろ使えそうでこれは欲しい!
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新田原基地からのファントム飛来は今年は嬉しいことに「第301飛行隊40周年記念」塗装機(F-4EJ改ファントムⅡ  #398号機)でした。例年にも増して大いに会場雰囲気を盛り上げていたようです。もう一つ目を惹いたのは平成25年10月4日~10月11日まで三沢基地とその周辺空域で実施された航空総隊戦技競技会・F-2部門の優勝記念塗装機。
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戦技競技会参加パイロット・整備士等氏名
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F-2部門に参加は、第3飛行隊・第6飛行隊・第8飛行隊で第6飛行隊(築城基地)が優勝/F-2A 13-8561戦技競技会優勝記念塗装機
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芦屋救難隊による救難展示の様子とUH60J救難ヘリコプター 68-4565
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F-15 82-8902 第304飛行隊(築城基地)と「天狗魂」のペイント
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T-400 41-5051航空総隊司令部支援飛行隊のコックピットのキティちゃん
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T-7 76-5946 第12飛行教育団(防府北基地)
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C-1 78-1023 第2輸送航空隊(入間基地)
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T-4 06-5786 第13飛行教育団(芦屋基地)

地上展示機は以下のとおり

UH60J救難ヘリコプター 68-4565 航空救難団 芦屋救難隊(芦屋基地)
T-4 06-5786 第13飛行教育団(芦屋基地)

T-7 76-5946 第12飛行教育団(防府北基地)

T-400 41-5051 航空総隊司令部支援飛行隊(入間基地)
U-4  95-3254 航空総隊司令部支援飛行隊(入間基地)
C-1  78-1023  第2輸送航空隊(入間基地)

F-2A 13-8561 平成25年度戦技競技会優勝記念塗装 第6飛行隊(築城基地)
F-15 82-8902/32-8822/72-8890/42-8841/72-8882/12-8074第304飛行隊(築城基地)このうち♯890/841/882/074の4機はオープニングの航過飛行に参加

F-15 92-8069 第304飛行隊(築城基地) 格納庫内体験搭乗及び90式空対空誘導弾AAM-3、空対空ミサイルAIM-7Mスパロー展示

F-2A 53-8531 第6飛行隊(築城基地) 格納庫内体験搭乗及び外装型FLIR装置(赤外線サーモグラフィ)/AAQ-2、91式爆弾用誘導装置GCS-1、93式空対艦誘導弾ASM-2展示

OH-1 32638 陸上自衛隊西部方面ヘリコプター隊(目達原基地)/32638はOH-1の最終製造機
P-3C対潜哨戒機  5071 海上自衛隊

ブルーインパルス1~6 予備機46-5728

パトリオットシステム一式 発射機/射撃管制装置49-0276/アンテナマストグループ49-0149/電源車49-0147
81式短距離地対空誘導弾(SAM-1) 築基8空団-2 46-7387車載のSAM-1 46-9382車載の射撃統制装置
VADS-1改 1173/1174/1079/1080

ドラえもん花自動車/きかんしゃ花自動車/ねこバス花自動車 各1台

例年の如く、混雑を避けてブルーインパルス演技前に航空祭会場を離脱、演技は我が家から観ました。
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この日本書紀の皇極天皇の条に記された「常世の神」である「虫」とはいったい何か、神仙思想を内包した道教めいた信仰を広めようとした「大生部多(オオフベノオオ)」とは何者か、なぜ秦河勝(ハタノカワカツ)は大生部を誅しなければならなかったのか。

これら数々の疑問・謎を論じ、その解明に取り組んだ「古代の虫まつり/小西正己著/学生社刊」という本があります。

著者は本書のほかに「昆虫考現学」「チョウチョウ雑記」「玉虫厨子新考」「秋津島の誕生 トンボに託した古代王権」その他多くの著書を持つ日本昆虫学会・日本鱗翅学会の会員です。
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シンジュサン終齢幼虫 上が頭部です。平成25年10月16日 みやこ町にて撮影

「古代の虫まつり」は神である虫(幼虫)を具体的に同定しつつ、「日の神」と「常世の神」の相克、仏教と道教の相関、新羅系仏教と百済系仏教の確執、等を詳述し、古代政治史の側面に光を当てています。それぞれたいへん興味深い内容となっていますが、ここでは「虫(幼虫)」のことのみを取り上げることにします。

著者は虫を確定するにあたって日本書紀に記された虫(幼虫)の特徴、『此の蟲は、常に橘の樹に生る。或いは曼椒(ほそき)に生る。其の長さ四寸余り、其の大きさ親指ばかり。其の色 緑にして黒点有り。其のかたちもっぱら蚕に似たり。』を手がかりにヤママユガ科とスズメガ科の蛾10種を候補に挙げ、ひとつひとつ検討を加えます。曼椒(ほそき)は、山椒(さんしょう)の古名です。

候補の蛾は次のとおり。いずれも終齢幼虫の大きさが親指大になる蛾です。
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「古代の虫まつり」51ページより

このうち8・9・10番のスズメガの3種は幼虫後部の背にはっきりとした尾(尾角)を持ち、日本書紀の記述と異なるために除外。のこり7種のヤママユガのなかで腹部文様と食樹が一致する蛾は1番のシンジュサンのみです。実は親指大になる終齢幼虫はアゲハ蝶にも存在しますが、『紀』に示す体色・文様ともに一致しないために本書では否定されています。

次に『紀』に記された『此の神を祭る者は、富と長命を得ることができる。』と『新しい富が来た』に注目して「カイコ」とカイコ以外の野生絹糸虫(野蚕)を比較し、カイコは食樹の問題で排除して6種の野蚕の繭の用途と食樹を検討しています。6種とはヤママユ/サクサン/ヒマサン/シンジュサン/クスサン/フウサンです。

このなかからヤママユやサクサンほどには生糸が取れないため、ほとんど野蚕として利用されていないにもかかわらずシンジュサンをその第一候補として挙げています。

シンジュサンの絹糸利用価値は低いものの糸が取れないわけではなく、体色・文様・食樹・大きさなどと「富」である生糸生産を考え合わせるとシンジュサンこそ「神の虫」にふさわしい、と著者は言います。

それではなぜ「大生部多(オオフベノオオ)」あるいはオウ一族はシンジュサンを神として祀ったのか、というところまで本書は書き進んでいますが、拙ブログではそれは割合して、常世の国と蛾(ひむし)を結びつけるもののひとつとして、著者は「古事記」に記す国作り神話を紹介しています。

大国主命が出雲の美保におられたとき、『・・・波の穂より天の羅摩船(あめのかかみぶね)に乗りて、蛾(ひむし)の皮を内剝(うつはぎ)に剝ぎて衣服にして、寄り来る神ありき。』

この神の名をお供の神がみも知らなかった。ヒキガエルが言うには案山子(かかし)が知っているだろうというので案山子に神の名をたずねさせると

『此は神産巣日神(かみむすひのかみ)の御子、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)ぞ と答へまおしき。』

それから大国主神と少名毘古那神は協力してこの国を作り、その後、少名毘古那神は常世の国に去っていった、というものです。

蛾に姿をかえて現れた少名毘古那神こそ枯葉に身を包んだ「蛾の繭(蛹)」であり、神の去りゆく先は常世の国という記述は、本来持っていた常世の国→死の国というイメージが徐々に神仙の地に変化したことを示しています。

蛾と富(幸)と神仙郷が結びついた信仰を人々が受け入れ、そして熱狂した理由に、この神話時代から続く『蛾』と『常世の国』との強い結びつきが根源にあったことが窺われます。
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「古代の虫まつり」表紙 「蛾(ひむし)の皮を着て常世を往来した少名毘古那神を祀る茨城県大洗磯前神社の神磯(本書説明より)」


古代の虫まつり
1991年8月20日 初刷印刷
1991年8月25日 初刷発行
著者 小西正己
発行 学生社
ISBN4-311-20168-0/13.5×19cm/211ページ/定価1600円
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雨上がりの午後、庭の「ナノミ」の太枝でモソモソ動くシンジュサンの幼虫を発見。
こういうの苦手な人は結構いるでしょうが、幼虫のトゲトゲの水色パステルカラーの美しさにに思わずパチリ。

シンジュサンはヤママユガ科の蛾の一種で羽化すると開張14cmほどにもなる大型の蛾です。当初、名前由来はその体色からくる「真珠」とばかり思ってましたが、「神樹(しんじゅ)」と呼ばれるニワウルシ(ニガキ科)の葉を食樹にするところからきているそうです。シンジュサンの「サン」は、「蚕」のサンですね。

食樹はシンジュのほかにヌルデ、モクセイ、キリ、キハダ、クスノキ、クヌギ、エノキ、カラスザンショウ、柑橘類、等々のようですが撮影時にモソモソしていた「ナノミ」の大木のすぐ横にモクセイのこれも大きな木がありますので、多分これを食樹としていたのでしょう。あるいは「ナノミ」も食べるのかな?
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体長80mm、終齢幼虫 右が頭部です。平成25年10月16日 みやこ町にて撮影

ところで、「日本書紀」の皇極天皇の条に橘の樹につく幼虫を「常世の神」として祀った人物の話しが出てきます。その人の名を「大生部多(オオフベノオオ)」と言います。

この「常世の神」の話しの直前には蘇我入鹿が斑鳩宮の山背大兄王を襲撃し、王を自害に追いやったたことが記され、続いて中臣鎌足と中大兄皇子の法興寺での出会いが記されています。

「常世の神」についての記事翌年には中大兄皇子らが蘇我入鹿を謀殺するという大事件(大化の改新)が起きています。これらは皇極天皇2年(643年)から4年にかけての出来事です。

この二つの大きな事件に挟まれて唐突に「常世の神」の記事が現れます。この部分を岩波書店の日本古典文学大系の「日本書紀 下(258頁)」から転記意訳すると、

『秋七月に、東国の富士川のほとりに住む大生部多という男が虫を祭ることを村里の人に勧めて言った。「此は常世の神なり。此の神を祭る者は、富と長命を得ることができる。」

神と人の仲立ちをする巫覡(かむなぎ)たちもこれは神託だとして「常世の神を祭ると貧しい人は裕福になり、老人は若返る」と言う。そこで人々は財産を献じ、酒や菜や肉を道はしに並べて「新しい富が来た」と叫んだ。』

そして都の人も田舎の人も常世の虫を採ってきて清めた座に置き、歌い舞って幸せになることを求めて財を捨てたが、益することがなく弊害も多かったので見かねた葛野の「秦造河勝(はたのみやつこかわかつ)」が大生部多を征伐した、というもの。

この日本書紀の皇極天皇の条に記された「常世の神」である「虫」とはいったい何か、神仙思想を内包した道教めいた信仰を広めようとした「大生部多(オオフベノオオ)」とは何者か、なぜ河勝は大生部を誅しなければならなかったのかを論じた「古代の虫まつり/小西正己著/学生社刊」という本があります。

著者は日本書紀に記された虫(幼虫)の特徴、『此の蟲は、常に橘の樹に生る。或いは曼椒(ほそき)に生る。其の長さ四寸余り、其の大きさ親指ばかり。其の色 緑にして黒点有り。其のかたちもっぱら蚕に似たり。』を手がかりにヤママユガ科とスズメガ科の蛾10種を候補に挙げ、ひとつひとつ検討を加えます。

結論を先に言ってしまうと「常世の神」とは、シンジュサンのこと!! なぜなのか?


続きます。
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噴煙を上げる桜島の切手に押された消印は昭和37年8月21日の日付。

この日より三日間に亘って一日1機、合計3機の観測ロケットが東京大学鹿児島宇宙空間観測所(内之浦)から打ち上げられました。

本日の初日カバーはこれを記念するもので、打上げ初日の鹿児島内之浦局の消印と記念印が押されています。
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飛翔するロケットの絵の下に「於 鹿児島県肝属郡内之浦町」とあって、その下に『第1日 OT-75型 発射実験・光学観測』『第2日 AT-150型 新型胴部アンテナ・テスト』『第3日 8L-1型 新個体燃料テスト』と印刷されています。

この説明にちょっと捕捉しますと第1日目(昭和37年8月21日)の「OT-75型」は正確には「OT-75S-2」で「OT-75型」の2号機です。・・ということは1号機があったわけで、1号機打ち上げは昭和37年2月2日の鹿児島宇宙空間観測所建設起工式の開催当日でした。

翌2月3日よりロケット発射場の本格的工事に着工し、翌年の昭和38年12月9日に開所式を迎えるわけですが、建設予定地の整地もほとんどなされていない状態での昭和37年2月2日14時30分の打上げが内之浦からの最初のロケット発射となります。

OT-75Sの「OT」は「Operation Test」の略でロケット発射手順の確認を目的としていることを表しています。75はロケット胴体の直径「75mm」を意味し(ただし、直径71mmと記した文献もある)、Sは「Single」でロケットが単段式であることを示しています。「OT-75S型」は2機発射されたのみです。

第2日目(昭和37年8月22日)の「AT-150型」は同型1号機の「AT-150-1」で、同日13時00分に打ち上げられています。ATは「Antenna Test」のこと、150は胴体直径を示していると推測しますが、初日カバーの説明にあるように「新型胴部アンテナ・テスト用ロケット」以上の詳細はわかりません。というか、知りません。

しかし、SP-150型、FN-150型、RT-150型、HT-150型、LT-150型、SO-150型などの各種観測ロケットが昭和35年から昭和39年にかけて12機ほど発射されていますので、「AT-150型」もこの系列に連なる観測ロケット、「K-5型ロケット」の2段目エンジン(K150型/直径150mm)を使用したロケットであろうと想像します。なお、「K150型エンジン」を使った「K150型」という単段式ロケットが昭和33年に3機打ち上げられています。

第3日目(昭和37年8月23日)の8L-1型は「K-8L-1」のことで、K-6H(カッパ6H型)を改良したロケット「K-8L型1号機」です。

1段目にK-6のブースター(直径245mm)を転用し、その上に直径160mmの2段目を搭載した2段式で全長7.3m、全重量360kgのロケット。元々、K-6H(ペイロード:25 kg/飛翔距離:80 km)の改良型K-6Sとして開発されましたが、飛翔距離(到達高度)がK-8型(1号機発射は昭和35年7月11日)と同等の160~200㎞に達しているため、「K-8L型」に名称変更されました。

K-8L型1号機の打ち上げは昭和37年8月23日16時15分、最終号機は昭和41年12月10日12時00分で、全12機が発射されています。
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記念印は印影が薄くてはっきりしませんが、よくよく見るとフェニックス樹の右に飛ぶロケットは胴体中央に尾翼が描かれ、2段式であることがわかります。

多分、「K-8L-1」でしょう。ちなみに初日カバーに描かれたロケットは単段式ですので「OT-75S」と「AT-150」を表したものと思います。

なお、切手は昭和37年4月30日発行の「錦江湾国定公園 桜島」です。錦江湾地域は昭和30年9月1日に国定公園に指定されましたが、昭和39年に屋久島周辺とともに「霧島国立公園(昭和9年指定/我が国最初の国立公園のひとつ)」に編入されて「霧島屋久国立公園」と改称、現在では「屋久島国立公園」と「霧島錦江湾国立公園」に分かれています。
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