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本日、久しぶりに日の出を見ることが出来ました。

平成25年6月29日 午前5時14分
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すでに夏至(6月21日)を過ぎていますので、日の出位置は徐々に南(画面右側)に移動しています。
日の出位置の違いは、以前に撮影したものと比べると歴然としています。以下に並べましたので、朝焼け風景とともにご覧ください。
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         ↑
平成25年4月26日 画面右側・南、左側・北です。
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平成25年4月28日 木々のシルエットから徐々に北(左側)に移動しているのがわかると思います。
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   平成25年5月2日 ↑
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平成25年5月5日 ↑ この頃は春霞で適度に減光されて、パステルカラーの朝焼けを見ることが出来ました。
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   平成25年5月13日 5時27分 ↑
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  平成25年5月22日 本当は等間隔の日で撮りたかったのですが、いつも晴れているとは限りません。
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   平成25年5月24日 5時16分 水田に水が張られ、田植えの準備です。
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   平成25年5月31日 ↑
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   平成25年6月4日 5時11分 田植え終了です。 ↑
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   平成25年6月5日 ↑
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   平成25年6月7日 5時10分 ↑
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   平成25年6月8日 ↑
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   平成25年6月16日 5時11分 ↑

夏至前後の日の出を撮りたかったのですが、梅雨前線に加えて台風4号の影響で6月16日以降本日(6月29日)まで日の出を見ることはできませんでした。

もう何年も夏至の日の出を狙っていますが、毎年この時期は梅雨ですので、まだ見たことがありません。来年こそは、と毎年思っています。
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5月27日(平成25年)の梅雨入り以来、行橋・京都地方は少雨傾向にあったものの、6月中旬頃には各地域ほぼ田植えは終了した模様です。

この時期、田園地帯を行くと川岸や水の取り入口近くに「水神様」をお祀りしている光景に出合います。近年ではかなり珍しいものになっていますが、それでも数ヶ所毎年同じ場所で同じ光景を見ることができます。

行橋・京築の京都平野は旧藩時代から重要な米作地帯で小倉藩十五万石のうち九万八千石を産していたといい、現在でも主要な米作地帯に変わりはありませんが、その広大さに比べて河川が少ないように思われます。

現在では農業用水路はある程度整備されていますが、古来より農業用水確保に腐心してきたことは当地の溜池の多さにも現れています。
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平成25年5月26日 行橋市稗田地区にて撮影

また、水確保の苦労のほどは、水神である「高龗神・闇龗神/たかおかみのかみ・くらおかみのかみ」や「罔象女神/みつはのめのかみ」などをお祀りしている貴船神社・水神社の多さでも窺い知ることができます。

福岡県下の水神系の神社数は、「福岡の民俗文化」(佐々木哲哉著/九州大学出版会)によると、旧社格が「村社」のもの約1500社のうち54社(元資料・福岡県神社誌/昭和19年/ちなみに最多は天満宮系で408、次いで八幡宮系で311、水神系は山王系・熊野系に次いでの多さですが、村社社格全体の3.5%程度)とのこと。

しかし村社に入れられていない無格社となると、約2530社のうち水神系は298社(最多は天満宮で578社)となり、無格社全体の12%を占めるようになります。(天満宮、水神に次いで地神・五穀神の278社、祇園の175社、以下は山神、稲荷、地主・祖霊神、八幡宮、恵比須、猿田彦、海神、火神、他と続きます)

この水神系神社を「京都郡誌/伊東尾四郎・大正8年」から拾うと以下のとおり。

水神社は、苅田町苅田/苅田町光国/苅田町馬場/行橋市柳井/旧豊津町祓郷田中/旧豊津町祓郷国作/旧豊津町祓郷彦徳の7社でいずれも「罔象女神/みつはのめのかみ」または「水波能売神/みづはのめのかみ」を祀っています。

7社以外にも苅田町白川鋤崎の貴船神社や行橋市今元津留の津留神社(祭神は水神である高龗神・闇龗神/たかおかみのかみ・くらおかみのかみ)の境内に水神社があり、ほかにも境内に設けられた水神社が22社ありますので、これらを加えるとさらに増えます。

いちばん多いのは貴船神社の総本社(京都府京都市左京区)から勧請を受けた貴船神社(貴布禰神社/貴舟神社)で以下のとおり。京都の貴船神社の祭神は本宮は高龗神、奥宮は闇龗神で、行橋市内・京都郡内の貴船神社も多くは同じ祭神です。

貴船神社
行橋市稗田西谷/行橋市稗田上稗田/行橋市延永下津熊/行橋市行事/行橋市今井×2社/行橋市長井/行橋市仲津馬場/行橋市椿市常松/行橋市椿市高来/苅田町南原/苅田町集/苅田町稲光/苅田町苅田/苅田町堤/苅田町白川鋤崎(境内に水神社あり)/苅田町白川黒添/苅田町法正寺/旧勝山町諌山矢山/旧勝山町久保松田/旧勝山町久保大久保×2社/旧勝山町下黒田片宗/旧豊津町節丸吉岡/旧豊津町祓郷呰見/旧豊津町祓郷田中/旧犀川町下高屋/旧犀川町古川/旧犀川町・他に7社、合計35社

貴布禰神社
行橋市竹並/行橋市平島/旧豊津町祓郷呰見/旧豊津町祓郷惣社/旧豊津町祓郷有久/苅田町小波瀬岡崎

他には、
北山大神社(行橋市道場寺/高龗神)
橘八幡神社(旧犀川町東犀川上高屋/境内に貴舟神社)
高木神社(旧犀川町伊良原上伊良原、下伊良原の境内に貴船神社が各1)
大橋神社(行橋市大橋/水神社×1、貴船神社×3、及びその他神社×4を合祀)
ほかに境内建立の貴船神社が11社あります。さらに罔象女神や高龗神が他祭神と合祀されている神社が9社あります。

これらの行橋・京都郡内の水神系神社を合計すると98社となります。これは概数で他にもあるかもわかりません。(合祀されている神社もありますので、明確に水神系と断定できない場合もあります。) 

福岡県の場合、太宰府天満宮や宇佐八幡宮との関連でこれらの系列社が多く、当地においても天満宮系22社以上、八幡宮系36社以上を数えることができますし、さらに行橋市今永の須佐神社を代表とする祇園社も31社以上あるようです。天満宮系や八幡宮系なども細かく拾ってゆけばさらに増えることと思いますが、水神系神社も数多く存在していることがわかります。
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平成25年6月12日 行橋市延永にて 形が違うようですがこれも水神様かな? それとも「虫封じの神」?

貴船神社は全国に約450社あるそうですが、総本社の京都の貴船神社の社伝によれば、神武天皇の母である玉依姫命が、浪花の津から黄色い船に乗って淀川・鴨川を遡り、その源流の貴船川上流の地(総本宮・奥宮)へ至り、ここに祠を建てて水神を奉斎したことを元始とする、とのこと。・・・とすると、独特の形をした水神様の藁苞(正しくは何と呼ぶのか知らない)は、「黄色の船」なのか・・。
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平成25年6月22日 苅田町片島一ツ橋付近にて
撮影時、御幣はなかったが元はあったのかどうかは不明、もし雨風で失したのであれば祈雨は通じたようです。ちなみに高龗神・闇龗神は止雨の神でもあります。

ところで、「京都郡誌」を見ていて奇異に思ったのは、当地では「水分神/みくまりのかみ」(水の分配を司る神)を祭神とする神社が見当たらないということ。

京都平野を流れる河川の源流に位置する英彦山神宮は古来より「水分神」の広い信仰圏を有していたため、「水分神」は勧請するものではなく、英彦山まで赴いて祈願するというものだったということでしょうか。
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『・・・私は幼心の時代を甲塚と呼ぶ字で育った。そこには畑の中に凸字形の古墳が沢山あった。秋になると櫨の木が黄葉して、甲塚を飾る。甲塚の北の方、今川の流域の平原の傾斜に墓地があった。

この墓地には、私の祖先や子供たちも眠っているが、そこにはいい芝生がある。
幼少時代の私は、その芝生から、今川の流れや、それに沿うて田川地方の炭坑地に走っている鉄道、直ぐ足下の、空と同じ色を映した池、それから五六里の平野を見はるかして、不思議な幻想的な形に横わる竜ケ鼻の山容などを、全半日もほんやりと見とれている事が多かった。

この「竜ケ鼻」と云う山は、いい山である。それは未来永劫、この地球の海面には現はれ得ないだろう巨船の船首である』(葉山嘉樹/「わが郷土を語る」より)


梅雨の晴れ間を利用して八景山の西側中腹(大将山)に立ってみました。

眼下には空の色を映した池ならぬ水を張った稲田、そして視界右端には今川を跨ぐ清地(すがち)大橋。
この橋を抜け左側奥へと伸びる道路は県道58号線でみやこ町勝山へと続いています。

「わが郷土を語る」に登場する「竜ケ鼻」は、視界右奥の「ヘ」の字形の山で、特徴ある山容から一見してそれとわかる大きな台地状の山です。

「竜ケ鼻」は、カルスト台地平尾台の最南端に位置し、標高680.6メートル。

南側は傾斜40度以上の急峻な崖地で容易に近づくことが出来ない岩場ですが、頂上部は「竜ケ鼻台」と呼ばれるススキやネザサの広い草原となっています。画面向こうの小倉南区側は大規模な石灰岩採掘場です。
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上の写真は終点行橋駅を折り返し、金田方面に向かう平成筑豊鉄道412号(新潟トランシス製400型/平成筑豊鉄道400型導入の最終車両/400型導入前に使用していた富士重工業製と同一塗装の車両) 行橋市矢留・清地大橋付近にて撮影

撮影地の後方東側の八景山中腹近くには鶴田知也の文学碑とともに葉山嘉樹の文学碑があり、一帯は6世紀後半に造られた複室構造の横穴式石室を持つ方墳「甲塚古墳」を始めとして六基の古墳群を内包する「八景山自然公園」となっています。
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412号旧塗装車両撮影と同じ場所にて撮影/平成筑豊鉄道・なのはな号

八景山自然公園への来訪は、国道496号と県道58号線が交わる「八景山交差点」脇の八重の石塔「天平の塔」が目印となります。石塔高さは8.43メートルありますので見落とすことはないと思います。駐車場もここにあります。
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遠くにアーチ構造の橋を望み、両岸には石造りの建物を思わせる家並み。
手前の橋上には灯りがともり、人物二人を浮かび上がらせています。
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中空にはペガスス、水瓶、クジラなどの秋の星座、左側の東の空にはオリオンやスバルの冬の星々も姿を現してきています。
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漆黒を背景に黄色の描線が鮮やかに浮かんで星空の静謐さをいっそう際立たせ、郷愁を誘う情感溢れる星座風景を現出しています。

ノスタルジックな星空風景は裏面にも描かれていて、黄色の鉄塔上で小熊、大熊、龍の星々が静かに静かに北天を巡っています。
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村上忠敬氏の「全天星図」は昭和9年に最初の版が出され、その後数回の改訂を経て昭和33年に氏のご子息処直(すみなお)氏との共著で「改訂新版 全天星図」が出されました。
この経緯は「序言」にも書かれていて次のとおり。

『全天星図の初版を世に出してから既に二十余年の歳月が流れ、その間に改訂新版や戦後縮刷版など幾度びか少しずつの改修を施した。最近肉眼恒星図の需要が急激に拡大するにつれて、本書の星座境界線を国際天文同盟案のものに統一してもらいたいとの声が高まってきた。(以下略)』

そのため、長男処直氏の協力のもとに星図を描き直して境界線を変更するとともに、恒星の光度も若干修正し、4等星までのすべてと5等星の主なものを加えた、とのこと。
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また、初版にあった「各星座とその著しい天体案内」を補訂して復活掲載したということで、この部分に20ページを費やして星座の位置(場所)、星座創作者、星座中の明るい恒星の等級とスペクトル型、主な変光星と星雲・星団の紹介がなされています。
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星図は北天と南天を含めて全部で5枚、最微星は6等星ですがすべてが書き込まれているわけではありません。目次は以下のとおり。

北半球図(検索図)・・・表紙見返し2頁
タイトルページ 白鳥座の中心部 星野次郎氏撮影
序言      ・・・本文1頁 1955年5月24日 著者しるす
目次      ・・・・3頁
星座索引表(学名アルファベット順,和名対照)・・・5頁
恒星固有名索引表・・・・・・・・・・・・・・・6頁
解説
第一章 天球とその回転・・・7頁
第二章 星座と恒星天・・・10頁
第三章 太陽系の天体・・・13頁
星図
北天・・・・・・・・・・・・第1図版
赤道帯24h-16h・・・・・・・第2図版
赤道帯16h-8h・・・・・・・・第3図版
赤道帯8h-0h・・・・・・・・第4図版
南天・・・・・・・・・・・・第5図版
各星座とその著しい天体案内・・・17頁
奥付
奥付裏1 新天文学講座 全15巻広告
奥付裏2 天体観測シリーズ 全12巻広告
奥付裏3 恒星社発行の天文宇宙と暦学書の広告
月面案内     ・・・表紙見返し3頁
月面図      ・・・表紙見返し4頁
------------------------------------------
ちなみに昭和16年版の目次は、
標題
目次
北半球全圖・・・表紙見返し2頁
星圖檢索用圖を兼ぬ
序言   ・・・本文1頁
目次   ・・・ 2頁
星座原名索引 標準和名對照・・・3頁
附.固有星名索引   ・・・4頁
星座和名索引      ・・・5頁
附.星座和名の採擇に就て  ・・・6頁
第I圖版   ・・・北天 北極を中心として北緯30°までを含む
第II圖版   ・・・赤道帶24h-16h 南北40°
赤經24h-14h   ・・・赤緯南北60°を含む
第III圖版   ・・・赤道帶16h-8h 南北40°
赤經16h-6h   ・・・赤緯南北60°を含む
第IV圖版   ・・・赤道帶8h-0h 南北40°
赤經8h-0h-22h   ・・・赤緯南北60°を含む
第V圖版 南天    ・・・南極を中心として南緯30°までを含む
解說 並びに本書使用上の注意  ・・・本文1頁
第一章 天球とその廻轉   ・・・1頁
第二章 恒星天と星座   ・・・6頁
第三章 太陽系の天體   ・・・9頁
星座とその著しい天體案内   ・・・13頁
星座槪說及び各星座中の主な恒星・星團・星雲等の說明
月面案内   ・・・31頁
月面圖   ・・・表紙見返し3頁
-----------------------------------------------------
昭和22年版の目次は、
標題
目次
北半球圖(檢索圖)   ・・・表紙見返し2頁
序言         ・・・本文2頁
目次      ・・・2頁
星座索引表(學名アルフアベツト順,和名對照)  ・・・3頁
恒星固有名索引表    ・・・・6頁
第一章 天球とその回轉  ・・・・7頁
第二章 星座と恒星天   ・・・・9頁
第三章 太陽系の天體   ・・・13頁
北天・第I圖版
赤道帶0h-8h・第II圖版
赤道帶8h-16h・第III圖版
赤道帶16h-24h・第IV圖版
南天・第V圖版
月面案内   ・・・表紙見返し3頁
月面圖   ・・・表紙見返し4頁

「全天星図」の再版・改訂版等は次のとおりですが、すべてに目を通したわけではありませんので、少し曖昧さを残しています。

▼全天星図 恒星社 昭和9年 30頁 図版5枚 大きさ31cm

▼全天星図 恒星社 昭和15年 初版 31頁   大きさ31cm
▼全天星図 恒星社 昭和16年 訂再版 30頁 大きさ31cm

▼全天星図 恒星社 昭和22年 訂再版 図表1冊 大きさ26cm
▼全天星図 恒星社厚生閣 昭和22年 訂再版 32頁 大きさ26cm
▼全天星図 恒星社厚生閣 昭和22年 訂再版 16頁 図版10枚 大きさ26cm

▼全天星図 恒星社厚生閣 昭和24年 再版 16頁 図版10枚 大きさ26cm

▼全天星図 恒星社厚生閣 村上忠敬/村上処直  昭和33年 改訂新版 36頁 大きさ30cm
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昭和15年版 「新版 全天星図」の本体と函  ↑

全天星図(改訂新版)
昭和33年7月15日 初版発行
昭和44年9月30日 6版発行
著者 村上忠敬/村上処直
発行者 志賀正路
発行所 株式会社恒星社厚生閣
印刷 玄真社印刷/千代田平版社
30×21.5cm 定価850円
(元期1925.0 最微星5~6等の一部)

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なお、共著者の村上処直氏(1935年-)は横浜国立大学工学部建築学科卒業の都市計画・防災の専門家で我が国の都市防災の第一人者。

全天星図共著の頃は在学中あるいは卒業前後だったのではないでしょうか。

(追記)
昭和15年版の奥付と目次は次のとおりです。

昭和15年版の「全天星図」の奥付

昭和十五年四月十三日印刷
昭和十五年四月十六日発行
著者 村上忠敬
発行者 東京市芝区南佐久間町二ノ四 土居客郎
印刷者 東京市麹町区五番町十二 谷口熊之助
発兌  東京市芝区南佐久間町二ノ四 振替口座東京六四七三八番 恒星社
発売  東京市麹町区六番町六番地 振替口座東京五九六〇〇番  厚生閣
定価 三円八十銭

昭和15年版の「全天星図」の目次
北半球全図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・表紙2頁
序言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本文Ⅰ頁
目次・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ⅱ頁
星座原名索引 標準和名対照・・・・・・・・・・・・・・・Ⅲ頁
附 固有星名索引・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ⅳ頁
星座和名索引・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ⅴ頁
附 星座和名の採択に就て・・・・・・・・・・・・・・・・Ⅵ頁
北天・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・第Ⅰ図版
北極を中心として北緯30°までを含む
赤道帯 24h-16h 南北40°・・・・・・・・・・第Ⅱ図版
赤経24h-14h 赤緯南北60°を含む
赤道帯 16h-8h 南北40°・・・・・・・・・・・第Ⅲ図版
赤経16h-6h 赤緯南北60°を含む
赤道帯 8h-0h 南北40°・・・・・・・・・・・・第Ⅳ図版
赤経8h-0h-22h 赤緯南北60°を含む
南天・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・第Ⅴ図版
南極を中心として南緯30°までを含む
解説並びに本書使用上の注意・・・・・・・・・・・・・・・・本文1頁
第一章 天球とその回転(1) 第二章 恒星天と星座(6) 第三章 太陽系の天体(9)
星座とその著しい天体案内・・・・・・・・・・・・・・・・・・13頁
星座解説及び各星座中の主な恒星・星団・星雲等の説明
月面案内・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31頁
月面図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・表紙3頁
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