<   2012年 06月 ( 3 )   > この月の画像一覧

昭和20年8月の終戦前、最後の発行は7月22日の50号、次の51号はひと月以上開いて8月28日です。

昭和19年9月の1号以来、数日おきに発行し、ときには同じ日付で複数号発行している場合もあることを考えるとこれは異例なことで、やはり終戦直後の混乱のためだったのでしょうか。昭和20年3月も一ヶ月間発行無しですが、これは東京大空襲の影響か、はたまた個人的な理由なのか・・・。

(51)から(100)までの目次は次のとおり。

51 新日本の建設と科学史研究                   昭和20年8月28日
52 浅草天文台                          昭和20年8月28日
53 江戸時代の天文台                       昭和20年8月30日
54 暦作測量御用留                        昭和20年9月3日
55 春記に関する研究                       昭和20年9月4日
56 春記伝本の系統                        昭和20年9月4日
57 春記伝本一覧                         昭和20年9月4日
58 図書紹介(西内、谷秦山の学) 論文紹介(西内、春海学の研究) 浅草文庫 昭和20年9月30日
59 日本科学史学会、史学雑誌五六の一 論文紹介(清永嘉一、史記天官書恒星考
昭和20年10月8日
60 日本科学史学会講演題目                    昭和20年10月8日
61 科学史研究第九号                       昭和20年10月8日
62 宣明暦関係書誌(刊本の部) 井本進               昭和20年11月11日
63 同上(写本の部) 仝                      昭和20年11月11日
64 朝野北水伝、七曜推歩法、太田正雄教授             昭和20年11月11日
65 米納津隕石の落下記録                     昭和20年12月1日
66 「夢の代」 南部暦について                  昭和21年1月4日
67 元和六年仮名暦                        昭和21年1月5日
68 寛元五年具注暦                        昭和21年1月19日
69 小貝業徳関係の佛暦書                     昭和21年1月20日
70 普門律師著「新編須弥界暦書」 佛国暦象編校説         昭和21年1月20日
71 明治頒暦の種類                        昭和21年1月24日
72 明治以後に於ける編暦の沿革                  昭和21年1月28日
73 明治以後の編暦について                    昭和21年1月28日
74 続史愚抄天文部類記                      昭和21年1月29日
75 各地図書館の戦災概況                     昭和21年2月28日
76 大日本天文志                         昭和21年3月31日
77 普門円通律師略伝                       昭和21年4月6日
78 普門律師の著書                        昭和21年4月6日
79 応安六年及び宝徳三年具注暦 論文紹介(薮内、西洋天文学東漸) 帝国学士院日本科学史編纂事業 江戸時代天文記録の蒐集   昭和21年5月12日
80 金沢文庫現蔵の古暦                      昭和21年6月9日
81 地動儀図説、現存七曜暦追加 日本古暦研究所          昭和21年6月9日
82 西川如見著 教童暦談、和漢運気暦説、和漢運気指南後編 大矢眞一  昭和21年9月6日
83 教童暦談の目録(秋岡武次郎) 具注○(火に禾)暦            昭和21年10月25日
84 平山清次先生略歴                         昭和22年4月8日
85 平山清次先生の業績                        昭和22年4月8日
86 改暦七十周年に際して                      昭和22年4月8日
87 幕末天文方の墓所                         昭和22年4月9日
88 撫蘭仙の和漢対暦表                        昭和22年4月9日
89 金烏玉兎集(簠簋)の写本                      昭和22年5月23日
90 簠簋刊本の系統                          昭和22年5月23日
91 簠簋について                           昭和22年6月9日
92 簠簋関係刊本一覧                         昭和22年6月10日
93 太陰暦の閏月の置き方                       昭和22年7月3日
94 日本天文観測史                          昭和26年12月30日
95 日本の天文観測                          昭和26年12月30日
96 日本の彗星の記録                         昭和26年12月30日
97 日本の流星雨の記録                        昭和26年12月31日
98 日本の大流星及び隕石の記録                    昭和26年12月31日
99 「科学史研究」「天文総報」の天文学史文献             昭和26年12月31日
100 小川清彦氏の日本書紀暦日の研究                 昭和26年12月31日

(51)の「新日本ノ建設ト科学史研究」の冒頭、

『大東亜戦争ハ甚ダ遺憾ナ形ニ於テ終ヲ告ゲタガ、我々ハ新大日本帝国ノ建設発足ノタメニ非常ニ重大ナル時機ニ際会シ 国民ハ一日モ茫然タル事ナク、各自ノ職域ニ於テ新日本建設ニ向ツテ邁進スベキ時デアル。

我々自然科学ニ関係アルモノノ急務トシテハ青少年ニ対スル適切ナル科学教育、国民一般ヘノ科学思想ノ普及並ニ各種科学研究機関ノ充実等ノ問題ガアル。カクシテ一日モ早ク日本ヲ東亜ノ強力ナル科学国タラシメルベキデアル。(後略)』

(52)(53)は、いずれも図入りの記事ですので、見難いとは思いますが写真を載せます。

(52)は、明治33年11月中旬に某新聞(新聞紙名は書かれていない)に掲載された「天文が原」と題する文章の写しで、新聞掲載の挿絵とともに紹介されています。「天文が原」は某新聞に連載されていた「千草乃篭」という名の東京市内名所巡りのなかの一章です。
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『浅草区福富町二十六番地ヨリ同二十八番地ニ至ルノ間ハ旧幕府時代ニ天文台ヲ置キタルノ地ナリ(後略)』とあり、挿絵は「サルコ橋」から見た図とのことで浅草天文台の西南隅にあった橋が「サルコ橋」であろう、と記しています。
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(53)は、東北帝大林文庫所蔵の嘉永5年の天文台絵図の写しの紹介です。写真中央付近に天文方足立左内屋敷とあり、その右側は「天文方渋川助左衛門」、左上は「天文方山路弥左衛門」とあります。

(61)の「科学史研究第九号」は昭和20年5月発行の号の内容紹介です。朝鮮の尺度-佐々木忠義、科学史の材料としての俳諧-大矢眞一、明治初期に於ける物理学の状態-矢島祐利、文献明治初期刊行理化学書目録-編集部、晴雨考類版の所在について-神田茂、幕末に於ける太陽暦-大矢眞一、その他を紹介しています。

(88)の「撫蘭仙の和漢対暦表」は明治維新期に来日したデンマークのウィリアム・ブランセンが編集した和洋対暦表(1880年)の和文のものと欧文のものの紹介と解説です。

(89)~(92)の「簠簋(ほき)」については科学史研究第13号(昭和23年)に井本進氏の執筆で「簠簋内傳金烏玉兎集成立の研究」と題して「東亜天文学史小報」の簠簋報告に触れつつ詳しく述べられています。井本氏論文の冒頭は次のとおり。

『簠簋(ほき)は漢時代の祭器の名で、簠は円器、簋は方器で、天円地方に形どる。従ってまた天地の意ともなる。次に金烏は日、玉兎は月の異名である。即ちこの書名は、天地の内に秘かに傳えられたる暦書の意であろう。これはまた一説に簠簋の内に納めて傳えられたからの名であるともいう。(後略)』

昭和20年の終戦月よりほぼ順調に発行されていた「小報」ですが、昭和22年7月3日発行の(93)の後、4年数ヶ月の間発行が途切れています。

再開された昭和26年12月30日の(95)の冒頭には『本小報ハ昭和二十二年七月以来陽画感光紙入手難ノタメ久シク中絶シテイタガ今回入手シウルヨウニナツタ機会ニ継続スルコトトスル』とあり、

この日、(94)(95)(96)の3号を発行し、翌日(97)~(100)の4号発行を持って「小報」を終了しています。100号の発行日が12月31日でちょうど良い区切りと思ったのでしょうか。せっかく陽画感光紙が手に入ったというのに・・・。


「東亜天文学史小報(1-100)」は、25.5×19cmの片面手書き青焼きで、表紙1枚、目次2枚、本文100枚綴りとなっています。 
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神田茂(1894-1974)は東京帝国大学理学部天文学科を大正9年((1920))に卒業、翌年東京天文台に技手として奉職。『理科年表』や日本天文学会の『天文月報』の編集に携わる傍ら、変光星・新星・流星などの観測や彗星・小惑星の起動計算に従事しました。

また、天文暦学史の調査研究にも取り組んでいましたが、昭和18年に天文台の職を辞して「神田天文学会(のちに日本天文研究会に名称変更)」を設立し、天文アマチュアの育成に努めるとともに会員交流の場を提供するなど、わが国天文アマチュア界の発展に多大な足跡を示しました。

「東亜天文学史小報」は東京天文台を退官した翌年に執筆を始め、少数の研究者へ配布していましたが、「神田天文学会(昭和20年設立)」を結成したのちは会の活動の一環として発行を続けました。しかし、発行部数は会の結成以前同様、ごく少数だったようです。
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第1号の「趣旨」を一部転記します。

1号 趣旨 『東亜天文学史の研究は今日迄纏ったものは全然なく 今後の研究に待つべき問題が甚だ多い。現在は先づ史料の蒐集並にその調査研究を促進すべき時期である。
筆者は約十年前日本の天文観測記録を蒐集して日本天文史料を刊行したが、其後東亜特に日本天文学史関係の各種天文史料の蒐集を企てゝ来た。

然しその大部分は整理が出来て居らず、発表の時期に達してゐない。最近各種雑誌出版物等の印刷が甚だ困難になってゐるので、これ等の史料の概要だけでも適当の方法を以て公表して置く事は更る史料蒐集上種々の便宜を与へるものであると思ふ。(後略)』

このあと「小報」は東亜、特に日本の天文学史の研究を促進するために、天文史料の蒐集と調査の概要、天文学史関係の論文・出版物等の紹介を目的としていると述べ、さらに同好の士・研究者に情報の提供を求めています。

全100号の目次は以下のとおり。右側の年月日は、執筆/発行の日付です。


東亜天文学史小報(1-100) 目次

1 趣旨 新刊書(桑木、科学史考)              昭和19年9月18日
2 土御門家蔵書目録 新刊書(洪似変著、朝鮮科学史)     昭和19年9月21日
3 天変地妖記及び家秘要録                 昭和19年9月26日
4 天象地異書抜 図書紹介(薮内、支那数学史)        昭和19年9月28日
5 江府日景、論文紹介(正木、日時計考)           昭和19年10月16日
6 三島暦                         昭和19年10月17日
7 晴雨考、環海異聞                    昭和19年10月25日
8 天文方代々記                      昭和19年11月15日
9 現存の七曜暦                      昭和19年11月23日
10 江戸時代の日月食観測史料               昭和19年12月30日
11 仮名暦現存目録                    昭和19年12月30日
12 朝野北水、論文紹介(大矢、三際図説など) 七曜暦追加  昭和20年1月14日
13 司馬江漢著「天地理譚」                昭和20年1月25日
14 西紀前一四七年の彗星の軌道要素            昭和20年1月25日
15 支那古記録中の確らしき新星              昭和20年1月26日
16 江戸暦                        昭和20年2月4日
17 支那光緒年間の七曜暦                 昭和20年2月5日
18 朝鮮の七曜暦                     昭和20年2月6日
19 南部盲暦                       昭和20年2月17日
20 谷秦山                        昭和20年4月9日
21 谷秦山暦学関係図書                  昭和20年4月10日
22 伊勢暦版元(宝暦以前)                 昭和20年4月10日
23 伊勢暦版元(宝暦-明治) 支那の七曜暦(追記)、田山暦現存目録    昭和20年4月10日
24 静岡県立葵文庫所蔵天文書                     昭和20年4月10日
25 内田五観の墓、天文方吉田家の墓                  昭和20年4月13日
26 北京観象台の天文儀器                       昭和20年4月22日
27 同上(追記) 図書紹介(薮内、支那の天文学 薮内、隋唐暦法史之研究 同、元明暦法史) 
昭和20年5月14日
28 暦記録                              昭和20年5月16日
29 霊憲候簿                             昭和20年5月17日
30 霊憲候簿前編、主要記事                      昭和20年5月18日
31 運気考及び気候懸断録                       昭和20年5月19日
32 晴雨考並にその類版について                    昭和20年5月22日
33 宣明暦二十八宿吉日考入                      昭和20年5月24日
34 宣明暦算術聞書、食甚加時新術 宣明暦関係書            昭和20年5月24日
35 桑木彧雄先生、南部盲暦(追記)                   昭和20年5月25日
36 桑木先生の「二儀略説講演梗概」                  昭和20年5月27日
37 「二儀略説」について                       昭和20年5月28日
38 交食実測記                            昭和20年5月31日
39 会津七十二候                           昭和20年6月2日
40 天保十年八月の金環食                       昭和20年6月3日
41 夏小正の斗柄の問題                        昭和20年6月4日
42 平山信先生略歴                          昭和20年6月8日
43 平山信先生の業績                         昭和20年6月13日
44 東京帝国大学学術大観                       昭和20年6月14日
45 東京帝国大学五十年史 隈本有尚氏                 昭和20年6月28日
46 会津暦の由来                           昭和20年7月19日
47 江戸時代初期の会津藩暦                      昭和20年7月20日
48 現存の会津暦見行草                        昭和20年7月20日
49 三島河合家、永享九年三島暦 天野清氏               昭和20年7月21日
50 天明三年南部暦                          昭和20年7月22日


(5)の「江府日景」は、江戸高輪で測定された太陽高度を記録したもので、享保-元文年間の記録を抜書きして紹介しています。

(8)の「天文方代々記」は、帝国学士院に蔵されている同名の写本を紹介するもので、幕府天文方山路家に伝わっている「天文方代々記」との比較検討の報告文です。

(12)の「朝野北水」とは、江戸時代後期の戯作者・浮世絵師・天文啓蒙家で、江戸期最大とされる巨大な天文図「天象研究改正之真図」(文政13年/1830年)を製作しています。和紙製で縦3.4m、横8.2mとのこと。

(38)の「交食実測記」は、渋川景佑の編纂によるもので、江戸を始め各地で観測された文政2年から文久3年までの月食の観測記録報告書の紹介・解説で、「小報」では月食以外の観測記事(惑星の犯や金環食)をかなりの分量抜粋して紹介しています。

(41)の「夏小正の斗柄の問題」とは能田忠亮氏が昭和16年に発表した「夏小正星象論」のなかにある北斗七星に関する事柄を取り上げ、「夏小正」成立の年代を推定する方法を提案しています。


続きます。
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5月31日朝、いつも仕事に使っているパソコンが突然故障、エクセルが開かず、文字入力機能も働かなくなってしまった。ほかには悪いところはなさそうだが、さて困ったことになった。故障の原因はどうやら自動的に送られてくるアップデートのためと検討を付けたものの復旧の方法がわからない。復元システムも働かない。

複数のサポートセンターに助けを求めたが全くダメ!。 結局、リカバリーをすることにしたが、リカバリーの途中でエラーが出てこれも失敗。リカバリー用のCDもなく、これはなにかのバツゲームではないかと壊れたパソコンを呪いつつ、悪戦苦闘の末、10日目にようやく一部機能が復活。

この間、部分月食もあるし、金星日面経過もあるし、同窓会も入っていたし、さらには広島市まで行く用事もでき、怒涛の毎日だった。

・・・で、広島市でのこと、せっかくここまできたのだからと思い、修学旅行以来となる原爆ドームを見学し、
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原爆ドーム前電停と紙屋町あたりでさまざまな形式の路面電車を撮り捲くり、
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原爆ドーム近くにある「広島東洋カープ」の日本選手権シリーズ優勝記念とセントラルリーグ優勝記念碑を横目でみながら「広島市こども文化科学館」へと向かった。
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目当てのプラネタリウムは4階だが、その前に科学館脇の蒸気機関車「C59 161」と鈴木三重吉の文学碑「夢に乗る」をゆっくり見学し、そしていよいよ4階へ。
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・・・が、なんと本日はプログラム入れ替えとメンテナンスのため休館・・・。
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4階エレベーター前で呆然と立ち尽くしていると、プラネ担当と思われる女性が事務室からにこやかに声をかけてきた。

仕方がないのでプラネ見物はあきらめ、以前、広島市郊外にあった「楽々園プラネタリウム」のことを尋ねようとして、「昔、楽々園プラネタリウムの・・・」と言いかけると、くだんの女性は「申し訳ありません。Sは本日お休みでございます」と思いがけない言葉。

S先生とは楽々園プラネタリウムの館長さんのお名前で、彼女のこの言葉で突然40年前のことを思い出してしまった。

当時、広島市内で学生生活を送っていた姉がS先生を知っているというので、姉とともに楽々園までノコノコ出かけたものの、先生は留守。

しかし、後日、S先生より丁寧な手紙とともに「天文と気象」誌に掲載されたご自身執筆の「月面のクレーター」についての解説記事のコピーにサインを入れたものが送られてきて、いたく感激。

このようなことをとり止めもなく話しているとプラネの女性はメモを取りながら「それではそのことも含めてSに伝えておきます」などとおっしゃるので慌ててお断りしたがちょっと残念な気もした。

S氏のこと、聞けば何らかの行動を起こすでしょうから二度も同じようなことで煩わせるのは申し訳ない。
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