<   2011年 12月 ( 8 )   > この月の画像一覧

本日で卯年も終わりということで、寂しそうなウサギのうしろ姿です。
福岡県田川郡採銅所の来迎寺蔵の「涅槃図(明治38年)」の一部で、当ブログの右上の画像を少し大きくしたものです。

作者は、昭和の元号創案者吉田学軒の母山田イツの弟山田義昌の甥、山田李造です。
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山田李造氏は明治5年(1872年)、福岡県田川郡糒村で生まれ、村上仏山の私塾で学んだのち、南犀川小学校、豊津中学校、陸軍幼年学校、京都市美術学校等々で学び、明治38年(1905年)、門司高等小学校にて初めて教鞭を執り、翌年(明治39年)、小倉高等女学校に転勤しています。

そして明治41年(1908年)以降、串木野尋常高等小学校、豊津中学校、京都高等女学校等に奉職後、昭和5年(1930年)59才で職を辞し、昭和16年(1941年)に70才で没しました。

主な作品は、来迎寺の涅槃図、豊津稲荷神社の天井絵、山鹿長善寺の太子像などですが、絹本掛軸の「能画」や動物・花鳥・山水・歴史画なども多数遺されています。

涅槃図には非常にたくさんの動物たちが描き込まれていて、皆、本当に悲しそうな表情を見せていますが、このような情景のなかにも「ユーモア」のようなものを感じられるのは、作者の個性から来るものでしょう。

餅つきの杵を持ったウサギの横のカンガルーの赤ちゃんも実に悲しそうな顔をしています。

画像ではカットしましたが、右側のゾウの後ろには両手で眼を押さえた猿と蟹が「柿」を挟んで描かれ、その傍にはサンゴの枝をくわえた海亀も描かれています。

この涅槃図は平成22年の「吉田学軒顕彰会」開催のときに併催された「吉田義昌・李造展」で写したものです。山田李造氏の経歴もその時の展示を参考にさせていただきました。


最後になりますが、一年間弊ブログをご覧頂きまして、どうも有難うございました。来年も何卒宜しくお願い申し上げます。

どうぞ良いお年をお迎えください。
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例年11月になると南極地域観測支援活動のための砕氷船、いわゆる南極観測船が出港します。
今年も4代目の南極観測船「しらせ」が11月11日に東京港晴海埠頭から出港しました。

今回、第53次となる観測隊(山岸久雄隊長、64人)のうち、昭和基地を拠点に活動する56人は「しらせ」には乗船せず、11月25日にシドニー行きのカンタス航空機で成田空港から出発しています。

「しらせ」とはオーストラリア西海岸のフリーマントル港で合流し、南極へと向かいます。
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・・・、という事で本日は、二代目の観測船「ふじ」と南極大陸とオーロラを描いた「南極地域観測再開記念」の切手とその初日カバーです。

発行日は昭和40年11月20日で、「ふじ」はこの日に東京港から出港し、今年の「しらせ」と同じく、オーストラリアのフリーマントル港へと向かいました。

切手に印刷された「観測再開」というのは、初代の観測船「宗谷」の退役にともなって南極観測が一時中断されていたことによります。「宗谷」は昭和13年(1938年)6月10日に竣工した老朽艦でしたが6回にわたり修理・改修を繰り返し、第1次から第6次までの南極観測任務を遂行しました。

二代目観測船「ふじ」の最初の任務は、第7次の観測隊の支援ということになります。

「ふじ」は、日本鋼管鶴見造船所で建造、全長100m、最大幅22m、厚さ80cmまでの氷は連続で砕氷可能です。進水は昭和40年(1965年)3月18日。

第7~24次(1965~1982年)の南極観測隊の支援に従事。昭和58年(1983年)に退役しています。

「ふじ」の艦影を特徴づけているのは船首付近の巨大なマストではないかと思いますが、これは中短波送信用アンテナマストとのこと。中央のマストの最上部にも連絡用アンテナドームが見えます。

白いアンテナドームの下に水上レーダーと方向探知機が置かれ、さらにその下に四角い形の上部操縦室が置かれています。オレンジ色の煙突の右に見える白いドームはラジオゾンデ追跡用のレーダードームです。レーダードームを挟むようにして6トン用クレーンが2基設置されています。

貨物用クレーンは前甲板にも8トン用と10トン用があります。後甲板の平らなところは「ふじ」に搭載されたヘリコプターの飛行甲板で、搭載ヘリは輸送用のシコルスキーS- 61Aが2機と観測用のベル47G-2Aが1機の合計3機でした。
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「丸」第18巻第11号/昭和40年/潮書房発行の表紙より

初日カバーの「ふじ」をさらに詳細に見ていて気づいたのですが、船首の「5001」の上に本来ならば艦名「ふじ」が掲げられているはずなのですが、それが見当たりません。

普通、進水式と同時に命名式も行うと思うのですが、この写真(絵ではないようです)が撮られた時点では艦名が決まっていなかった、というようなことはあるんでしょうか。

さて、切手のほうですが、南極大陸が白く描かれ、オーロラとその左下に小さく「ふじ」が描かれています。原画作者は二科会の乗松巌氏です。・・・で、このオーロラ、黄色というのは結構珍しいのでは?

実際のオーロラを見た事はありませんが、イメージとして赤や青、緑などが多いように思われます。黄色の光は高さ85~95km付近のナトリウム原子によるものだそうで、一部が黄色に光っているオーロラの写真はたまに眼にしますが、全部が黄色のオーロラというのはやはり珍しいのではないでしょうか。

この切手の場合、実際のオーロラよりも「切手のデザイン」に重きを置いたのかも分かりませんが。
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南極地域観測再開記念
発行日 昭和40年11月20日
種類 10円1種
意匠 南極地図とオーロラに観測船「ふじ」
版式 グラビア3色
印面寸法 縦22.5ミリ 横27ミリ
シート構成 縦4枚 横5枚の20枚版
原画作者 乗松巌氏(二科会)
発行枚数 2550万枚
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今年(2011年)の5月28日と29日に「南部絵暦」を取り上げたのですが、その時、「そう言えば盛岡には『絵心経』というのもあったなあ」、とボンヤリ思いつつブログを書いていました。

その後、このことはすっかり忘れていましたが本日、古い雑誌をめくっていて「絵陀羅尼」に遭遇。般若心経ではなく、「陀羅尼経」です。この「絵陀羅尼」は「平山蘆江」氏から譲り受けたと書かれていますが、筆者名は不明です。

読み方の一部を転記すると次のとおり。
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「はじめの円光ある人形は勿論佛であり、次は棒で「ボ」であり、次は心木の立ってゐる樹幹又は所謂、生花用語の「シン」(心)であり、煙管は所謂「羅宇」の「羅」であり、二は「尼」であらう、しかし、トンボとより見えぬ昆虫が何として「ダ」であり、「陀」であらう。謂って見れば同地方で、トンボのことを、ダンモといふ風に言はれてゐるだらうか。(ツンモといふ地方もあるのだから)記して、御報告を待つ。」、とあります。

ここでひとつ疑問。「トンボ」が何で「ダンモ」なんだろう。「ツンモ」とは?

ちなみに読み方は次のとおり。最初の6個の絵は「佛母心陀羅尼(ぶつぼしんだらに)」 次の行は「オン。オノリ。ヒ」 2行目「シャチイ。ヒラホ」 3行目「ジャウトリ。ホド」

4行目「ホドニ。ホジャラ」 その次の行は「ホニハン」と読むようですが、「ハン」は半月ですね、多分。3行目と4行目の「ジャ」の龍の顔、トボケた表情でいいですね。来年の年賀状の絵柄に使えそうです。

この絵経文が載っていたのは、「『月明』第2巻第9号/昭和14年発行/発行所:月明会」です。

中央付近の斜めの角印のようなものは「蔵書印」でしょうか。
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かなり旧聞に属しますが、今年の航空自衛隊築城基地の航空祭記念切手のこと、発売開始は2011年9月26日で、行橋市や築上郡・京都郡・田川郡等の地域限定のフレーム切手です。
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シートの上部は行橋市上空を行くF-15(908)とF-2(519)の図柄、二機の間の画面中央に行橋駅が見えます。後方の山は苅田町の高城山、その奥はカルスト台地平尾台の一部、そしてその向こうは北九州市です。

1シート10枚構成ですべて80円切手です。最初に眼に入るのは左上部の少し大きめの切手、「ファントム」ではないでしょうか。しかもこのファントム切手、マニアックな機体を選んでいます。

胴体に描かれた2本の太いブルーは訓練時の仮想敵機の識別塗装で、この機体(F-4EJファントムⅡ/77-8392)が築城で運用されていた当時、何度も撮影に足を運んだものです。この機体はのちにRF-4EJ偵察機(77-6392)に改装されたそうです。

しかしさらにマニアックと思うのが、ファントム切手の下の「大型破壊機救難消防車 A-MB-3」と「軽装甲機動車」と「ペトリオット」の切手。
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A-MB-3は東急車輌製造で乗員5人、切手に描かれている人物は女性隊員と男性隊員のようです。気配りが細やかで好きですね、こういうの。軽装甲機動車は小松製作所製で乗員4人+1人、航空自衛隊仕様の車両で基地内の警備等に当たっています。

ペトリオットは、第2高射群第7高射隊(築城)のシステム一式です。ペトリオットは発射機やレーダー装置やアンテナ群などで場所を取るためか、航空祭ではいつも隅っこのほうに押しやられている印象がありますが、今年(2011年)は飛行機展示の一番手前に陣取っていて、かなり人目を引いていました。

因みに今年の展示機材は、「アンテナ・マスト・グループ 2高7-1 49-0149」「射撃管制装置 49-0276」「電源車 49-0147」「パトリオット・レーダー装置」「発射機」、それに「支援車両数台」でした。

ファントム切手の右の「ノースアメリカンF-86F-40セイバー『旭光』」も気配りを見せた機種選定です。第8航空団第10飛行隊時代のマークがついた機体(92-7938)を描いています。

第10飛行隊が宮崎県新田原基地から築城に移駐したの1964年のこと、そして1977年にこの築城で第10飛行隊が解散されました。現在この機体は築城基地内で常設展示されています。
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下の写真は今年(2011年)の築城基地航空祭の地上展示機の一部。

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E-2C (54-3458)青森県三沢基地より飛来
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「『絆』がんばろう日本」の文字入りブルーインパルス
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F/A-18 #01 VMFA(AW)-242(DT)アメリカ海兵隊岩国基地より
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UC-12F 1682-06 アメリカ海兵隊岩国基地より
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かなり期待していた12月10日の皆既月食、当地は厚い雲に覆われて見ることができませんでした。・・・残念!! 。そちらでは如何でしたか?

さて、画像はヒマラヤ登山帰りのお土産、インドの巻きタバコ「ビリー」。
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知人は二度目の挑戦で登頂に成功。初回はネパールのアイランドピークを目指したが、高山病に苦しんで頂上目前で断念したとか。この時はお土産どころではなかったのか、今回初めて土産をもらった。どこの山に登ったかは聞き忘れたが、多分、最初と同じアイランドピークだったのだろう。

「ビリー」は多くの種類がありますが、いずれも非常に廉価。お土産のビリーは20本入りで日本円で7円くらいだったそうです。
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長さ6cmくらい、先端の一番太いところで直径6mm前後、吸い口は押し潰したように平たくなっています。極端に細い糸で結ばれていて、よく結べたなあと感心するほどです。

糸を切ってバラしてみると中身はごく少量の刻まれた葉っぱ。これを菩提樹の葉でくるんでビリーの出来上がりです。中の葉の量はそれぞれのタバコによってバラつきがあります。
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よく詰まったタバコで吸ったときの強さは国産煙草で言えばマイルドセブンの0.5mgか0.7mgくらいです。時々、ピリッとくる辛さがありますが、全体としてまろやかな風味。

しかしこれはタバコの味というよりも菩提樹の葉の味では?。 特にスカスカのタバコの場合、あきらかに菩提樹の煙を吸っている感じです。それに吸い続けていないとすぐ火が消えてしまうのが難点。

4回も5回も火をつけ直すのが面倒で、ずっと吸い続けていると結構強いタバコに感じてきて、決してイヤな味ではありませんが(旨いというワケでもないが)、もう喫煙はよそう、来週から禁煙、という気持ちになってきました。

しかし、落ち葉焚きで柿の葉っぱを燃やしているとこんな感じの香りというか匂いがする、ということにも思い至り、もしかすると柿の木の葉を丸めてもタバコになるのでは? ・・・試してみようかな、という気にもなったが、  ・・・やめたほうがいいだろね。


お知らせ/いるか書房本館の「100円の本」追加しました。
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第一章「総論」で、天文学と社会生活の接点、例えば「時」や「暦」や「航海術」との関連を説くとともに、「天文学の謂ゆる精神的方面」「天文学とアキラメ主義」「天文学と階級闘争の武器」「学問の階級性」等の小項目を設けて「無産者自由大学」で天文学を学ぶ意義や心構えのようなものを説いています。

この第一章「総論」と第十一章「結論」に書かれていることは、シリーズ内の他の講座にも当てはまる事のようで、当講座を学ぶとき常に意識しておくべきもののようです。

「天文・地文」についての具体的記述は第二章からです。各章のタイトルは次のとおり。

第二章「古代の天文学(天動説)」/第三章「地動説と太陽系」/第四章「恒星、銀河、星雲」/第五章「太陽と遊星と月」/第六章「地球と太陽と月」/第七章「岩石圏(陸界)」/第八章「水圏(水界)」/第九章「大陸移動説」/第十章「大気圏(気界)」/第十一章「結論」

いずれの章も天文学史の観点からの記述で、言わば「宇宙の構造解明史」となっています。

第二章と第三章の内容は当時(昭和2年頃)の他の天文学啓蒙書と比べて大差ありませんが、興味深いのは日々、新発見や新理論が発表されている第四章と第五章の記述内容です。

中にはチョット変だな、という部分もありますが、これは多分、堺利彦自身の考えが含まれているのではないだろうかと想像します。
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テイヒヨの宇宙構造図 一番外側の円が恒星天、宇宙の中心は地球で、その周りを太陽と月が廻り、諸惑星は太陽の周りを廻っていると解釈した。テイヒヨは「ティコ・ブラーエ」のこと。

第四章は恒星の固有運動の話しから始まって、恒星の距離の測定、ハーシェルの二重星の研究、キルヒホフの太陽スペクトルの分析、カプタインの二大星流説、マイケルソンの恒星の視直径測定、等々、そしてジーンズの宇宙生成論の説明へと進み、謎の物質ネブリウムについての記述で終わっています。

第五章で気になるのはやはり「火星」の扱いです。一部を転記します。

「火星には希薄な空気があり、酸素もあり、水もある。(中略)それから表面の或る部分が青黒く見えているのは、多分森林地帯であるだらう。そこで要するに、火星には生物があるだらうといふ事になる。

それから火星には非常に大規模な運河があるといふ説がある。(中略)斯様な現象は、どうしても余ほど智的な頭から割出された仕事の結果でなければならぬ。(後略)」とあって火星人がいるのではないか、と言う説を紹介しています。

また、火星人が地球に対して無線電信を送っているという説と火星に怪しい光が見えるのは地球人に通信を試みる「烽火(のろし)」だろうと言う説も紹介されています。

当然、これらの火星人説に対する反論も載せていますが、結論らしきものを書いていないのは昭和2年の時点としては仕方の無いことでしょう。

「はしがき」と「第一章 総論」「第十一章 結論」は回りくどい表現を多用していて少々読みづらいのですが、天文学発展史及び地球科学の第二章から第十章の部分はそのような事はありません。さまざまな学説を手際よくまとめて簡潔に記していて、淀みなく読み進めることが出来ます。

解かりやすい文章で書いているのは科学啓蒙書という性質によるものと思いますが、「はしがき」で書いているように「古くから、ちょいちょいと、それに関する本を読んだ事がある。」程度の知見ではこのように流れるような科学解説文は書けず、相応の良書を持って体系的に天文学に取り組んだのではないかと推察します。



「天文・地文」 堺利彦著
昭和二年五月二十五日印刷
昭和二年五月二十八日発行
発行所:南宋書院 東京麹町区九段中坂下中山ビル
発行者・印刷者:涌島義博 東京麹町区九段中坂下中山ビル
印刷所:南宋書院印刷所 東京神田区雉子町三四

13cm×19cm/169ページ/非売品

堺利彦は明治43年から44年にかけて「馬岳隠士」の変名で「サンデー」誌上に「戯曲アルセーヌ・ルパン(3)」のノベライズ英語版(予告の大盗)を翻訳発表しています。
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ルパンの名前は「渡辺金兵衛」だそうです。変名の「馬岳」は堺利彦が生まれ育った犀川・豊津(現みやこ町)の近くに位置する標高218mの低山「馬ヶ岳」に因んでいます。
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社会主義者堺利彦と天文の取り合わせにいささか戸惑いを覚え、奇異にさえ感じるのですが、このことは著者自身も少しばかり思っていたようで「はしがき」で次のように語っています。

「『天文・地文』といふ講座を私が担任する事は、云ふまでもなく不適当であり、無理である。或は寧ろ滑稽でもあるだらう。然し私は、『無産者自由大学』の計画につき、最初から其の相談にあづかった一人として、種々の都合上、止むなく第一冊を受持たねばならぬ事になってしまった。」

そして、「専門的の知識を持って居ない事は、明瞭である。」とも書いています。
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それでは「天文・地文」に興味がなかったかというとそんな事はなく、「古くから、ちょいちょいと、それに関する本を読んだ事がある。そしてそれが自分としての、一般知識の根本、世界観、人生観の基礎となった様な気がしている。」と書き、山本一清の天文講演に出かけたことに触れて、

「その時、山本氏は『社会常識としての天文学』『天文学の民衆化』などといふ言葉を使っていた。今、私の此の書も、その『社会常識』『民衆化』の意味からして、斯学専門家の通俗談を取次するものとすれば、あながち無用でも、無法でも、無茶でもあるまいかと考える。」と書いています。

この「天文・地文」は『無産者自由大学』全十二講座の最初の講座で、続く第二講座は『生物・人類』、その後『生理・心理』『物理・科学』『世界歴史』『経済学』『政治学』等々と発刊され、第十一講座『無産者運動』、第十二講座『世界の現状』で終わっています。

第十一講座の『無産者運動』はそのままのタイトルですので何のためらいもなくシリーズの中の一冊として受け入れることが出来るのですが、それでは何故『天文・地文』や『物理・科学』などがシリーズのなかに含まれているのか・・・。

それは、「はしがき」にある『社会常識』『民衆化』という言葉にも繋がるのですが、『天文・地文』の最終章「第十一章 結論」に縷々述べられていることに尽きます。

その一部を書き写すと「我々は既に宇宙と地球を学んだ。次に生物と人類を学ぼうとしている。(中略)そうして、それらの知識を集積し綜合した所で、それを以って、現在に於ける我々の社会生活を我々自身の為に経営するに足る所の、即ち現制度を変革して新制度を建設するに堪へ得る所の、思想的原動力を作りあげようとするのである。」

そしてこうも書いています。「我々は宇宙進化、地球発達の跡に学んで、あらゆる矛盾、あらゆる不可思議をも切り開いて、永久の闘争、永久の発展を継続するといふ、健全にして勇敢なる無産者的考へ方を確立せねばならぬ。」

強い決意のようなものを感じますが、この調子で「天文・地文」の本文が進んでいるかと言うとそう言うわけでもありません。

つづきます。
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ここ数日の冷え込みで急速に色づいた里山の木々。秋もいよいよ最終章。
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夏のあいだ、さまざまな生き物たちで賑わった雑木林や田んぼは今はひっそり。山の中腹のイチョウの木、一年に一度この時期にだけ、その存在を示しているよう。
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やがて訪れる冬を前に最後の華やぎ。しかし、冬の雑木林の散策もまた楽しみ。(みやこ町中黒田にて)
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