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明治43年発行のリングで綴じられた手のひらサイズの数学問題集・参考書です。奥付の既刊目録によると歴史・地理・地学・生理学・物理学・鉱物学など全部で20種でており、数学だけでも「算術」「代数学」「幾何学」「三角法」の4種があります。多くの種類があるということは、当時のベストセラーだったのでしょう。
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本日の「算術」は上下の2巻に分かれていて画像は上巻のほうです。内容は74の項目に分かれていて、「命数法及記数法」から始まり,加減乗除・時間・経度ト時・貨幣・度量衡・面積・分数・立体・素数及素因数など多岐に亘っています。カードの表に解説と問題が載り、裏に回答を載せる形式で、丸暗記にも良いようです。
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このカード式参考書のほかにも同じ出版社から「学年別 英語カード」が出されていて、第一学年から第五学年までと学年別英語カード索引の6種あります。

現品を見たこと有りませんが、広告文を読むとこちらは完全に暗記用です。さらに広告欄に「会話作文応用自在 英文暗記法」(本多孝一先生著)というのが載ってます。
こちらは<好評第四版>となっていますので、皆さん昔から暗記には苦労したんでしょうね。

中等教科 カード式参考書 算術 全二綴
発行所:英語研究社
発行日:明治四十三年七月十五日
印刷日:明治四十三年七月十二日
編輯兼発行者:小酒井五一郎
実用新案登録 第壱壱六五壱号 参考書用.権利者.H.
定価 拾六銭
8.5×13cm/144ページ(広告4ページ含む)

(報告)
先日、永井龍雲の里帰りライブに行ってきます、と書いた以上、その後を書かないと納まりがつかないのでちょっと書きます。
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画像はライブ終了間際の全員合唱のときのものです。左から中澤裕子さん、堀内孝雄さん、岩切みきよしさん、永井龍雲さん、豊島たづみさん、その隣は細坪基佳さんと三浦和人さんです。

私は「岩切みきよし」さんのお名前を全く知らなかったのですが、龍雲さんとのトークで星野村(福岡県)のイメージソングを作ったシンガーソングライターと聞き、自宅に戻って早速検索してみました。

星野村といえば星空の美しさでよく知られたところであり、宿泊施設とレストランを併設した九州有数の大口径反射望遠鏡(65cmミカゲ光機製)を備えた公開天文台があるところなので、聞き捨てには出来ません。(最近はプラネタリウムもあるそうで、かなり前ですが私が訪れたときはありませんでした。)

ちょっとのつもりが、長くなりそうですので、本日はここでやめて他の仕事に取り掛かります。
(この稿続きます。多分)
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全ページの3分の1強を使って星の特集が組まれています。タイトルと執筆者を列記するまえに、特集以外で目につくというか興味あるタイトルを挙げると「古書売却論-紀田順一郎」「「愛書六十年(3)-庄司浅水」「ウォルター・クレーンと英国の絵本画家-荒俣宏」「呉秀三著・シーボルト-八木佐吉」「推理小説書私抄-中島河太郎」「エロシェンコと夢二-秋山清」などです。(つまりほとんどすべての記事)
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特集記事では、「星・墓・文学-野尻抱影」「薄命の詩人キーツの星-西川満」「星と文学-草下英明」「鏡花の星-泉名月」「星のメルヘン-上笙一郎」などで誌名のサブタイトル「書誌と集書」にふさわしく星と文学の関係を題材にしたエッセイが多いようです。

野尻抱影の「星・墓・文学」というちょっと奇妙なタイトルは、古代ギリシアの墓碑銘に表れる星座や星名について記した文章です。

また、そのものずばりのタイトルの「星と文学-草下英明」は島崎藤村の「千曲川のスケッチ」に出てくる「星」の考証や「平家物語」のなかの彗星の解説、あるいは北原白秋の「白南風」の金星食と土星食を詠んだ和歌の紹介など興味は尽きません。(昭和8年12月20日、月が金星と土星を続けて覆い隠すという天文現象があった)

四つの和歌のうちひとつだけ記します。
「月面をえぐりてくらき色見れば 裏ゆく星のありと思へなくに」

本の本-書誌と集書 1976年新年号(第2巻第1号) 特集:星のロマン
昭和51年1月1日 発行
発行所:株式会社ボナンザ
定価 350円
15×21.5cm/140ページ

ところで、話しはまったく変わりますが、明後日の日曜日(8月29日)、地元出身のシンガーソングライター「永井龍雲」の里帰りライブが「行橋市民体育館」であります。
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10回目となる今回は「里帰りライブ ファイナル~フォークジャンボリー」となってますのでファイナルなんでしょうね。勿論、私は行きます。チケットもすでに購入済みです。龍雲もいいのですが、今回は別の理由もあります。ゲスト出演の皆さんを記しますと「堀内孝雄」「細坪基佳」「三浦和人」「豊島たづみ」「中澤裕子」の面々ですが、このうち「豊島さん」とは小学校の同級生で、クラスもずっと一緒でした。

歌手デビューする少し前くらいに会ったきりで、その後の彼女の活躍はテレビ・ラジオ・雑誌・知人の話しで知るのみでした。・・なので、今回、非常に楽しみにしています。

代表作「とまどいトワイライト」(1979年TBS系列TVドラマ、「たとえば、愛」の主題歌。作詞は阿木耀子、作曲は宇崎竜童。)は今でも好きな曲のひとつです。
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8月22日に紹介の「星特集の雑誌」のうち、まずは「月刊ポエム」を取り上げます。
ピンクと薄青の朝顔がいかにも涼しげで、夏の号にふさわしい表紙です。それゆえ、夏が終らぬ間に・・・、と思ったわけです。

月刊ポエムはその誌名のとおり詩の雑誌ですので、読者の詩を紹介したページなどがあるものの、この特集号ではほとんど星の記事で埋まっています。ただし、巻頭の記事は星とは関係なく、作家デビューを果たした池田満寿夫さんへのインタビューで、これはこれで彼の小説に対する考えが伝わってきて興味深い内容となっています。

特集のほうでは、谷川俊太郎と庄野英二の星の詩二編で始まり、続いて串田孫一の「星についての断想」のエッセイ、ふじい旭のイラストによる「宇宙いろいろ図鑑」、そして特集の一番の呼び物「星を仰いで九十年 野尻抱影」のインタビュー記事へと繋がります。
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ほかにも広瀬秀雄、窪田般弥、横尾忠則、関つとむ、草下英明、矢野顕子、南山宏、楠田枝里子、等々の豪華執筆陣です。

特集記事ではありませんが、巻末近くの吉増剛造の写真と萩原朔美のエッセイで構成された連載物、沢渡朔の写真をバックにした清水哲男の詩二編なども是非是非、押さえておきたいところです。

私は写真家沢渡朔さんのデビュー時からのファンであり、巻頭の池田満寿夫さんのサイン会のお世話をさせて頂いた思い出(「エーゲ海に捧ぐ」を刊行した直後のことで当時私は、北九州の某百貨店に勤務してました。)もあって、本日の1冊は私にとって大事な大事な1冊です。

月刊ポエム 8月号(第2巻第8号) 特集:星の詩学
発行所:すばる書房
発行日:1977年8月1日
定価:580円
15×21.5cm/152ページ
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天文とは直接関係ない雑誌でもけっこう星や宇宙の特集を組んでいることがあります。
本日はそんな中からとりあえず3冊ピックアップしました。

今回は表紙の紹介のみですが、機会があれば他日に内容も紹介させて頂きます。
雑誌は当然のことながら月が変われば残品は発行元へ返品され、そして一部を除いて裁断。あとで特集に気づいて出版社へ直接注文しても入手できなかったことが度々ありました。なので、書店で見つけ次第、気になる雑誌はできるだけ購入するようにしています。
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本の本
1976年新年号 特集:星のロマン

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月刊ポエム
1977年8月号 特集:星の詩学

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月刊しにか
1994年7月号 特集:星空の文化史 アジアの占星術と星の信仰
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弊店HP(いるか書房)に掲載の水沢緯度観測所の絵葉書が縁で、さいたま市の沼田尚道氏より「ITUジャーナル」の7月号と8月号を頂戴いたしました。

ITUジャーナルは、財団法人日本ITU協会(ITU・国際電気通信連合)が発行する月刊誌で、電気通信・放送に関する専門情報機関誌です。
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必ずしも一般的な雑誌ではないと思いますので、お送り頂いた7月号より、その目次の一部を転記しますと例えば「第8回APT無線フォーラム日本会合報告」とか「衛星業務関連第5回会合報告」とか「最近の無線LANの動向とワイヤレスブロードバンド」とかの面白そうですが門外漢にはちょっと取っつき難いなあ、と思える記事で構成されています。

しかしこれらの専門家向け記事だけではなく、ビジネス誌や綜合雑誌の感覚で読むことの出来る記事もありましたので念のため書き添えます。
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さて、沼田尚道氏は、このITUジャーナルに「時計と暦と経緯度の話」を2009年4月号から連載しています。今回お送り頂いた2010年7月号はその第16話で<臨時緯度観測所と宮沢賢治「風野又三郎」>、8月号は第17話<地球規模での緯度変化観測と水澤の臨時緯度観測所>です。

当時の緯度観測所の絵葉書や浮遊天頂儀を描いた切手、緯度観測所の銘が入った「文鎮」、宮沢賢治直筆の水彩画など興味深い写真が文中に配置され、読者をよりいっそう「知の世界」へと導いてくれます。

続く9月号・10月号・11月号では、さらに宮沢賢治と緯度観測所の関わりを詳述されるとのことで、たいへん楽しみにしています。

ITUジャーナルの既刊号の目次は「ここ」で見ることが出来ます。
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昨日の「画報科学時代」は、書店販売ではなく、出版社に直接申し込みをして毎月1冊づつ送ってもらう方法を取っていました。

本日の「科学大観」も書店には置いてなく、出版社からの直接購読のかたちでした。そのほうが購読者数を把握しやすく、計画的な出版が可能なうえ、本屋さんのない地域でも容易に「科学大観」を手にすることができたからでしょう。

「科学大観」の第1号は「動物(哺乳類)」で2号は「交通」、3号「地球」、以下、「魚貝」「電気と通信」と続き、全26巻でした。特集のラインナップは「画報科学時代」と同じように自然科学が中心ですが、「作物」「保健」「人類」「園芸花卉」「居・食・住」などもあり、家族全員の購読を意識していたようです。
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表紙の絵は多分、月面探検図と思いますが、地球がちょっと小さいですか?
絵の左下端の隅に小さく「TERUYA」と書かれています。残念ながら作者の特定はできませんでした。それにしても人物のあいだに置かれた思わせぶりな機械はなんでしょうか。望遠鏡の一種?
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ここにもお馴染みのかたちの宇宙ステーションが描かれています。日の丸を付けたデルタ翼の宇宙機は、現代でも通用しそうなデザインで格好いいですね。この絵には「M.Suzuki」のサインがあります。
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左ページの上は、水沢緯度観測所の本館と浮遊天頂儀。その下は、東京天文台の正門と電波望遠鏡。
右側の上は、グリニジ天文台でその下は、岡山天体物理観測所の65cm屈折望遠鏡のドームと望遠鏡です。


科学大観 第8号 天文と気象
監修:国立科学博物館長 岡田要
  :科学博物館 文部技官 村山定男
  :気象庁予報官 久米庸孝
昭和37年6月20日 発行
編集兼発行人:鈴木郁三
発行所:世界文化社
21.5×30cm/80ページ
定価 200円
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子どもの頃(昭和30年代から40年代初め)、せいぜい2、3週間先のことくらいしか考えの及ばない私にとって、21世紀は途轍もなく遠い未来だった。

スーパージェッターや鉄腕アトムのアニメを見ながら、21世紀は本当にやって来るのだろうか、それまで自分は生きているだろうか、等々、子ども時代特有の漠然とした不安を持ちながら、それでもテレビのなかのヒーローの活躍に胸を躍らせる日々でした。

藤子不二雄の「21エモン」が初めて少年サンデーに載ったのが1968年、私が中学1年生の頃。この頃になるとさすがにもっと先の未来まで思考が及ぶようになり、21世紀まであと30年とちょっと、「21エモン」のなかに出てくる宇宙旅行や木星探検は実現しているだろうか、と思ったものです。
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21世紀の宇宙探検を思い浮かべるとき、大いに刺激を与えてくれたもののひとつに、子ども向けの科学雑誌や図鑑に掲載されたドーナツ型の宇宙ステーションや月面基地の絵でした。

本日の「画報科学時代」にも宇宙ステーションや月面基地や惑星探検の図がふんだんに使われ、当時の子どもたちの探検心を大いに刺激したことと思います。
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「画報科学時代」は、毎月1冊づつ刊行されていたもので、一応、少年向け編集ですが、大人の読者の要望にも応えられるように詳しい解説を載せた項目もあり、「教養としての科学」を意識していた面も見受けられます。

「画報」の誌名どおり各ページ、多くの写真やイラストを使っていて、なかには今となっては、かなり貴重な写真も見ることができます。

「宇宙の驚異」が第1集で、以後、第2集「地球の驚異」、第3集「空間戦争の驚異」、第4集「動物の驚異」と続き、全20集(補巻2)で完結です。
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左側ページは、五島プラネタリウム、右側ページの左上は、ウルグアイの「スピッツ製プラネタリウム」その右はサンフランシスコの「モリソン製プラネタリウム」で画像には映っていませんが、その下は「信岡式プラネタリウム」と製作者・信岡正典さんの写真が載っています。


画報科学時代 第1巻第1号 宇宙の驚異
監修:島村福太郎
編集:現代科学研究会/星野芳郎・岡田日出士・林克也・金関義則
口絵・カット:堀内好夫・野崎貢・笠原八重子・園三千恵
昭和33年7月10日 印刷発行
編集兼発行者:大沢米造
発行所:国際文化情報社
22.5×30.5cm/96ページ
定価220円(配本送費共)
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ちょっとお休みします、と言ったものの空白の時間ができたので、少しだけ...。

仕入れた古書を点検しているとページの間からさまざまなものが出てきます。メモ紙や新聞切り抜きや押し花やしおり等々。

一番多いのはお金です!、と言いたいのですがこれは過去一度切りで、板垣退助の百円札が1枚出てきたことがあるだけです。

多いのはやはり栞で、出版社がつくったもの、書店が作ったもの、購入者手製のしおり等、じっくり見てると結構センスのいいものがあって楽しいです。写真も時々はさまれていて、オヤッと思うものもあります。本日、オヤッと思った1枚。
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ご覧のとおり船なんですが、全体が真っ黒で船名や記号などは見当たりません。写ってないだけなのか消しているのか、そもそも貨物船なのか何なのか、客船ではないですよね。

・・・で、それよりも手前の小さな船のほうにオヤッと思ったのです。画像では分からないと思いますが、ルーペで拡大して見ると船首に「USAF P-686」と書いています。アメリカ空軍? 何ですかコレ。この船首のUSAFが空軍を意味するとして、別に空軍が船をもっててもいいんですが、オヤッと思いません?
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USAF船の手前の岸壁に腰を下ろしているセーラー服の女学生5名。その左の立ち姿は軍服を着ているようですが、看視の兵隊さんでしょうね。

そのずっと左側のボートの向こうにも軍服姿。こちらはヘルメット着用のようですが、いずれもノンビリした様子です。群集も巨大な船を見物している感じですね。写真の左隅にジープが写ってます。こういうのを見ただけでこの写真が何なのか分かる人には分かるんでしょうね。

この写真、黒船のマストからマストに渡されているのは万国旗のようですので、何かの行事に集まった人々と看視の米兵とたまたま写ったアメリカ空軍の船の図?

分かる人には分かるでしょうから、写真の裏に押されたスタンプも掲載します。浮き輪とカモメと「UMI NO TOMO」です。
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写真のサイズ:7×11cm
スタンプの直径:4cm
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東亜天文学会の機関誌「天文学雑誌」の火星特輯号です。
発行は昭和23年4月で、第295号に当たります。機関誌の名称は大正9年の創刊号以来、永年にわたり「天界」でしたが、昭和19年の第273号より「天文学雑誌」に変更され、昭和23年の秋の第299号までこの名称で発行されていました。
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この特輯号は全ページ、佐伯恒夫氏ひとりで執筆されています。内容は大きくわけて三つ、「1.火星の観測」「2.火星観測の意義」「3.火星世界の生物」です。

それぞれの項目の小見出しを列記しますと、1.は火星の接近、1948年の火星、観測史、日本の火星研究、今後の火星研究、の5項目。2.は火星の表面、模様の変化と火星の気象、火星の気象を支配するもの、火星と地球の気象、の4項目。最後の3.が一番多くのページを割いていて、書き写すのが煩わしいので著者の見解を述べているところのみ転記します。

「・・・・しかし、筆者は、この植物群を下等な植物、即ち地衣類に過ぎないとする既往の学説に反対する。即ち、イ.地衣類と仮定した場合には、これ等が火星の4季の推移に従って、規則正しい色彩の変化を行っている事実に対する説明が不可能である。

ロ.植物群のうちに、ある特定の期間中に於いてのみ実際に、美しい黄色や褐色、もしくは緋色に変化するものがあり、その期間を過ぎれば他の部分と同じ色彩に還る。

等々の観測事実より見て、火星の世界の植物群には、高等なものが大部分を占め、その種類も可成り多く、且つ、これらの叢林(?)には、所々に美しい花を咲かせるものや、真赤に紅葉したり、黄葉を見せたりするものなどが、密生した部分もあるに違いないと筆者は考えている」

このあとずっと植物群存在の可能性を論じていて、それでは動物はどうか、というところまで進んでいます。著者は高等動物の可能性は否定しているものの「ある種の動物も必ず生存しているに違いないことは確実であると云える」と言ってます。人類が火星に到着する日が待ち遠しいですね。

天文学雑誌 第26巻 第295号 火星特輯号
編集兼発行者:東亜天文学会 山本一清
印刷:昭和23年4月22日
発行:昭和23年4月25日
印刷者:藝文社 山下俊夫
配給元:日本出版配給株式会社
定価10円(送料50銭)
15×21cm/15ページ・孔版
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またまた判読不能の画像を載せて、とお思いでしょうが、昨日の1955年「見学のしおり」の裏面に書かれていた佐伯恒夫氏のメモです。
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佐伯氏は火星観測の大家で著名な方ですので、ここでの事績紹介などは割合しますが、当時、電気科学館に勤めておられました。

メモの内容は火星観測史の大まかな流れですが、かなり専門的な記述もありますので、プラネタリウム解説時や講演会などのときの下書きではなく、多分、書籍や雑誌の原稿の下書き、あるいは内容構成を練るときに書いた覚え書と推測します。
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可能性として地人書館の「天文と気象」を思い浮かべますが、あいにく手元に当時のものがありませんので全くの推測の域を出ません。

ごく薄い根拠として、このメモが挟まれていたのはかなり前に入手した昭和30年頃の「天文と気象」で、それには「佐伯恒夫」の印が押されていた、ということのみです。入手当時はあまり深く考えませんでしたので、何年の何月号などとは確認もしませんでした。
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この「見学のしおり」が配布されていた1956年(昭和31年)は火星大接近の年にあたり、9月7日の最接近時には5660万キロまで近づき、マイナス2.6等で輝いていましたので、それに関連した記事のメモではないでしょうか。佐伯氏の文字は「な」に特徴がありますので、佐伯氏の署名入りのほかの自筆文献をご覧になるときに比べてみてください。
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