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昨日の続きです。

3.空には何が見えるか の目次を列記します。
星空をながめて
太陽の子どもたち
流れ星はどのようなものか
地球のお供-月
太陽はどのようなものか

4.地面はどのようになっているか の目次です。
かわらの石ころ集め
石ころをどんなにせいりしたらよいか
土と作物
山や川はどんなものか
地下からどんなものがとれるか

下の画像は、「太陽の子どもたち」のページで、それぞれの惑星の特徴が書かれています。
火星のところでは、「・・・・表面に植物らしいみどり色のところや、氷の白いところやまた時時うすい雲らしいものがかかるのが見えるそうです。」となってます。

その下の画像は「石ころをどんなにせいりしたらよいか」のところで「かたさとわれ口」の違いによって分ける方法の説明です。たかし君が七輪で石を真っ赤に焼いて、それをすぐ水の中に入れ、どのように割れるか実験してます。そばでは子犬が不安げに見つめています。

いるか書房本館に「彗星 夏の学校」をUPしました。

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昭和23年に文部省から発行された教科書です。
表紙には「空には何が見えるか 地面はどのようになっているか」とタイトルが続けて書かれていますが、目次を見ると「3.空には何がみえるか」「4.地面はどんなになっているか」と別々に項目が掲げられ、本文内容もそれぞれ別に執筆されています。このことから、1.と2.、さらには5.と6.があるのではないかと思いますが、調べるまでに至っていません。

この教科書が発行された前年、昭和22年3月に初めての「学習指導要領(試案)」が出されています。大雑把に記すと、ここにはそれまでの超国家主義的教育・全国画一的教育から離れて、経験(体験)を重んじた児童中心主義の教育の必要が説かれています。知識を与える学習から問題解決学習への転換といってもよいと思います。

この教科書の終わりのほうに「先生のページ」があって、「この本の使用上の注意」のところに「(前略)この本の内容に引ずられる必要はありません。またこの本は、子供がしらべる場合のある一つの方法をのべたのであって、実際の授業のときにどんな方法であたえるかも、郷土や学級などの事情によってちがってきます。(後略)」と記されていて、教え方は各学校や先生個人の裁量に委ねられている様子が窺がえます。当然のことながら、前年に出された「学習指導要領(試案)」の考えに沿った編集だったといえるようです。

第4学年用 小学生の科学
空には何が見えるか 地面はどのようになっているか
原作:岡義雄/富岡吾良(理科研究中央委員会委員)
編集:大橋秀雄/関利一郎(文部事務官)
挿し画:鈴木寿雄
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発行:文部省
翻刻印刷:昭和23年6月7日
翻刻発行:昭和23年7月15日
文部省検査:昭和23年6月7日
翻刻/発行:東京書籍株式会社/日本書籍株式会社/大阪書籍株式会社
印刷:凸版印刷株式会社
15×21cm/78ページ
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本日の月食、ちょっと無理みたいですね。これを書いている17時30分現在、雨は小降り状態ですが、このあとかなり強く降るみたいです。まあ、月食よりも水の被害を憂うほうが先ですね。

上の天体がダメならば、手元の天体鑑賞ですが、本日は「月面惑星研究会」の会報「THE MOON AND PLANETS 」です。孔版で印刷されていて、私はこの手作り感がとても好きです。一生懸命さと会報を作る楽しさが伝わってきます。

表紙は「オニール橋」のスケッチで、一頃よく話題に上っていましたので、ご存知の方も多いと思います。オニール橋は、月の「危機の海」の東端に位置する月面観望の名所です。

「危機の海」は周りを3000mから4000m級の山々によって縁取られていますが、海の東端(静の海側)の一部は山が途切れているように見えます。南側の細くなっている場所は「ラヴィニウム岬」と呼ばれ、北側は「オリーブ(オリビウム)岬」と呼ばれています。

1953年7月29日、ニューヨークのヘラルド・トリビューン紙の記者、科学部長ジョン・オニールは、口径10cmの望遠鏡で月面観測中、この岬と岬を繋ぐ「橋」を発見した、と報じました。これが「オニール橋」と呼ばれるもので、その後、他の観測者も橋を確認したものの、現在では橋の存在は否定されているようです。

スケッチは2枚並べられています。
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上から伸びてきた白い部分と下からの伸びる白い部分が中央で合わさったあたりが「オニール橋」です。月面写真と比べてみたのですが、多分、下がオリーブ岬、上がラヴィニウム岬、左側が危機の海のほうと思いますが、よくわかりません。間違っていましたらゴメンナサイ。(第19号において、非常に詳しい観測報告が掲載されています。)

THE MOON AND PLANETS 第18号
発行:月面惑星研究会 代表 平林 勇
発行日:1961年10月7日
印刷者:月面惑星研究会出版課 城谷正紀 唐澤英行
発行部数:50部(非売品)
18×25.5cm/66ページ
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最初にお詫びと訂正を申し上げます。
6月19日の「大空の神秘」の文中、<「風と光」ではなく、「趣味の理科物語 光と風」>と書きましたが、「風と光」で良い、とのご指摘を頂き、同書の背表紙には縦書きで「風と光」となっている旨のご教示をいただきました。ここにお詫びして訂正させていただきますと同時に、ご指摘ご教示に感謝申し上げます。

本日は、またもや「大空の神秘」のお父さんお勧め本と思われることでしょうが、「村上忠敬著 星座物語」です。

表紙に掲げられた詩は、ヴィクトリア朝のイギリスを代表する詩人アルフレッド・テニスン(1809-1892)の「Locksley Hall」からの引用で、「すばる」の美しさを讃えた一節です。

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表紙に星の詩が載っていることから推察されるように、「星座物語」は、星座の位置やかたちを指し示すだけではなく、季節ごとの主だった星座にちなんだギリシャ神話を紹介するとともに、古今東西の詩歌のなかから星に言及した箇所を選りすぐって引用し、星空と星座そのものの美しさを語った著者異色の星の本です。

冒頭にイギリスの作家カーライルの言葉を引用し、カシオペア座では詩人ジョン・ミルトンの作品に触れ、南十字星や天の川の説明ではダンテの神曲の一節を記し、しし座ではロマン・ロランの戯曲に及ぶという具合に枚挙にいとまがありません。

さらには、唐の詩人杜甫や宋時代の蘇東坡の詩からの引用、あるいは、我が国の頼山陽の漢詩の引用や旧約聖書ヨブ記からの引用など、随所に星空の美しさを語るにふさわしい演出がなされています。

「はしがき」で著者が「この本を書きはじめる際に、当然野尻氏の本を読みかえしこれを参考としたことも多いので、同氏永年の貴重な研究の結果を至る処で拝借する結果となった(中略)野尻氏に対する深甚なる謝意を表する次第である。」と述べていますが、野尻氏とはまた違った趣きの星空賛歌の本となっています。

星座物語 国民科学文庫(11)
著者:村上忠敬
発行所:日本出版社
発行日:昭和24年12月5日
印刷日:昭和24年12月1日 第八版改装印刷
印刷所:岩岡書籍印刷株式会社
12.5×18.5cm/90ページ
全天簡易星図付き
定価50円
地方定価55円
(掲載画像の本は、経年変化で色が褪せていますが、実際はもっと濃い青色です。また、薄れてほとんど見えませんが、表紙には「蝶」や「星」や「顕微鏡」などが描かれています。)

いるか書房本館の「星・宇宙」を更新しました。
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描かれた星座は全部で88個。つまり全天すべての星座が描かれていますが、ページ冒頭の「はじめに」で

『読者の方々には、この星座の本があまりまともなものでないということを、まずはじめに、思いきっておことわりしておいた方がよいかもしれないという気がしている』

とあるように、この星座の絵姿はよく眼にする星座絵とはかなり趣きが異なっています。・・・と言うのも、伝統的な星座の姿を保ちつつもその中に作者独特のユーモアをちりばめ、新しい神話解釈が成り立つような意表を突く絵姿設定で描かれているためです。
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『新星座絵図』に登場する英雄や怪獣はいずれもかなりデフォルメされています。そのため、「月刊天文ガイド」に10回ばかり『新星座絵図』が掲載された当時、

『若い星仲間からはなぜもっと続けないのかというお叱りを受けたり、年輩の天文ファンの方からは、あれが星座絵の一般的なものだと誤解されては星座絵のイメージがだいなしになって困る』

等々の意見が寄せられ、その反響の大きさに少々とまどった、と作者は「あとがき」で述べています。しかしその後、雑誌掲載の星座以外も描き加えられて1冊の本となり、現在では所有者が手放さないためか入手が少しばかり難しくなっているところをみると、特異な星座絵でありながらも多くの読者に支持されてきた絵姿であったことがうかがえます。
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月刊天文ガイド 1969年9月号掲載/新星座絵図①くじら座 続く10月号はうお座が描かれています。そして、1970年5月号におとめ座、6月号にへび座・へびつかい座が掲載されて都合10回の連載は終了しています。

連載1回目の「くじら座」の絵は単行本化されたときの「くじら座」と少し絵柄が異なっています。へび座・へびつかい座も異なっていますし他にも微妙に違う描写がありますので、単行本化に当たって新たに描き下ろしたのでしょうね。多分・・・。

ユニークな星座絵に加えて、併載のエッセイの面白さも本書の魅力のひとつです。

本を開いて左側のページに星座絵、右側ページに天文エッセイが掲載されていて、星座とエッセイ内容につながりがあるものもあれば、直接にはつながらないものもあります。

また、天文エッセイと仮に名づけても星空や星座や宇宙のことばかりを語っているというものではなく、作者周辺の天文関連出来事や星仲間たちの生態描写に多くのページをついやしていますので、星や星座に関心を抱く読者諸氏は思い当たるところもあって、共感を呼んでいるのではないでしょうか。
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「チロ」を描いた「こいぬ座」のページ 右側のエッセイでは「雪ソリ」と「チロ」のエピソードが語られている。


ふじい旭の新星座絵図
著者:藤井 旭
発行所:誠文堂新光社
発行日:1976年12月25日 第1刷
15.5×19.5cm/169ページ
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しつこい気もしますが、本日も「大空の神秘」のなかでお父さんが薦めていた本。
広島高等師範学校教授・村上忠敬著「太陽」です。

シミだらけでよく耐えていると思います、この本は。でも、見かけによらず、内容はお父さんが言うようにナカナカのものです。啓蒙書には違いないのですが、太陽の一般的説明から入って黒点の消長や緯度分布の説明、分光学と太陽スペクトルの項目では「フラウンホーファー線と太陽大気の化学成分」「ドップラー効果」の説明その他、「太陽の地球に及ぼす影響」の項でもグラフを多用してさまざまな角度から分析・検討しています。

とは言え、平易な文章で書かれてますので、小学生と思われる國男君も太郎君も理解できるのでは・・・、と言いたいが、小学生は途中で投げ出すのでは・・・。

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太陽
著者:村上忠敬
発行所:日本出版社
発行日:昭和21年4月20日 初版
印刷日:昭和21年4月15日
印刷所:川上印刷所
発行部数:5000部
12.5×18.5cm/133ページ
定価8円50銭
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昨日の「大空の神秘」の中で、お父さんが國男君に薦めていた日本出版社が発行元だった時の「天界」。表紙の「2」は、2月号ではなく、「復刊第2号」の意味。東亜天文学会の機関誌「天界」は、昭和19年に「天文学雑誌」と誌名が変更され、昭和22年末までこの名称で発刊されたが、翌年しばらくの間、休刊となっていました。本日の復刊第2号の発行日は昭和23年12月1日です。「天界」の編集部も日本出版社内に置かれ、昭和27年まで日本出版社が発行元でした。

さて表紙ですが、1927年6月27日に地球に最接近したときの「ポン・ウインネッケ彗星」(絵)です。この号の冒頭に高城武夫さんによる最接近時の様子が「彗星が地球に衝突」のタイトルのもと、記述されています。表紙裏には「暁の大彗星あらわる」のタイトルで長く尾を引く「マックガン・パラスケヴォプロス彗星」(昭和23年11月4日発見)の写真と解説が掲載されています。


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天界 2 (第301号)
編集兼発行人:東亜天文学会 山本一清
発行所:日本出版社
発行日:昭和23年12月1日
印刷日:昭和23年11月25日
印刷所:岩岡書籍印刷株式会社
昭和24年遊星位置図付き
15cm×20.5cm/32ページ
定価30円
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昨日、内容について大きな項目をあげましたが、本日はもう少し細かく挙げると天文関係では、太陽系のはなし・太陽について・月について・地球について、の4項目。気象関係では、気象現象の話しと合わせて「虹の正体」などの光の物理的性質の説明と貿易風や台風の説明。それと「自然界の水」の雲・霧・露・霜などのお話しです。

特に台風の項目では、実際に日本に襲来した台風の新聞掲載時の天気図や昭和23年のリビー台風のときの新聞記事をそのまま掲載して妙にリアリティを持たせています。この本は「科学童話」と銘打っているように太郎君と兄さんの國雄君の疑問にお父さんが答えるというかたちを取って物語りを進めています。しかし二人ともお話しを聞くだけでなく、自分で観察したり実験したりとなかなか感心です。

それだけに読み進むうちに、作者の言いたいことをムリヤリ二人にしゃべらしているように感じて来る頃に実際の新聞記事を持ってきてリアリティを持たせて読者を飽きさせない。巧妙ですねえ。

もうひとつ巧妙というかシッカリしているというか、ちょっと本文より抜粋します。

太郎君と國雄君がもっと天文の研究をしたいので何かよい本がないかとお父さんに尋ねます。するとお父さんが

「そうだ、國雄君は、日本出版社で発行している、東亜天文学会の「天界」という雑誌をよむがよかろう。その基礎として、同社で発行している国民科学文庫の中に村上忠敬先生の「星座ものがたり」「太陽」などがある。これらはよい本です。」

「太郎のよみものは、文理書房で発行する高城先生の「天文の話」と日本出版社の阿部先生の「空気のはたらき」がひじょうによいとおもう。」・・・・と、非常に具体的にお父さんにしゃべらせて、ちゃっかり宣伝を入れてます。

高城先生とは、日本初のプラネタリウム・大阪市立電気科学館の天文部主任を務めた高城武夫さん(1909-1982)のことだろうし、村上忠敬先生も高名な方だから説明は割合するとして、「日本出版社の阿部先生」とは誰なのか。

お父さんは「日本出版社で発行している、東亜天文学会の「天界」」と言ってます。

たしかにお父さんの言うようにこの時期(昭和23年24年頃)、「天界」の発行元は日本出版社でした。そこで、「天界」と「阿部先生」のつながりをさがしたのですが、結局よくわからず、辛うじて見えてきたことは「阿部先生」とは、ニュートンの「光学」(岩波文庫・昭和15年)などを翻訳した寺田寅彦門下の阿部良夫さん(父の事業を継ぎ、
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北海タイムス、のちの北海道新聞社の社長に就任)のことではないだろうか、ということでした。

科学童話 大空の神秘
著者:沖吉昌登/脇坂景城
発行:文理書房 脇坂道雄(大阪市阿倍野区文の里)
発売:日本出版社 (大阪市阿倍野区北田辺町三〇六)
印刷:ナルト印刷株式会社(大阪市東住吉区西田辺町)
印刷日:昭和24年1月10日
発行日:昭和24年1月15日 初版
12.5cm×18.5cm/218ページ
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最初にこの本の「はしがき」の一部を抜き出します。

「この本は、さきに日本出版社から「風と光」として、出版されたものでありますが、大阪と廣島の戦災で、世に出ずに消失してしまい、著者沖吉昌登氏の消息もたえました。本社ではこれを遺憾におもって、脇坂景城氏に伝説の方面の執筆を乞い、大修正を加えて、ここに皆さんにお送りすることになりました。」とあります。

そこで調べてみると「風と光」ではなく、「趣味の理科物語 光と風」という書籍が昭和17年に日本出版社から沖吉昌登の著者名で出されていましたので、この本のことだと思います。はしがきの「世に出ずに消失してしまい」というくだりは、出版されたが広く流通する前に大部分を戦災で消失した、ということでしょうね。また、「著者沖吉昌登氏の消息もたえ」とは、この時代の混乱振りとそれに至った戦争の悲惨さをあらためて感じさせる記述で、はしがき執筆者の無念が伝わってくるようです。

沖吉昌登さんの本は「光と風」のみのようですが、共著者の脇坂景城さんは「伝説ガイド 神仏の神話と由来」や「聖書童話 赤い花白い花」など数点を確認することができました。
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脇坂さんは、本日の「大空の神秘」では、「天地がはじめてできた話」を担当し、ヘブライ神話、ギリシヤ神話、エジプト神話、日本神話などを記述しています。さて本文内容ですが、大きくわけて「太陽・月・地球はどうして出来たか」と「気象の変化」と「自然界の水」の三つです。(この稿つづきます)

(お詫びと訂正:6月24日記)
上記の文章中、<「風と光」ではなく、「趣味の理科物語 光と風」>と書きましたが、「風と光」で良い、とのご指摘を頂き、同書の背表紙には縦書きで「風と光」となっている旨のご教示をいただきました。大変申し訳なく、お詫びして訂正させていただきます。
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測地天文学から出発したパリ天文台は、やがて19世紀の天体力学の時代にめざましい活躍をはたすのですが、その後、天体物理学の時代を迎えると新たな対応を求められることになり、パリ郊外のムードンの森に惑星や太陽を観測する近代的設備を持ったムードン天文台が建設されます。19世紀末のことです。そして第二次大戦後、さらに新しい観測手段として電波望遠鏡が注目されることになって建設されたのが、本日のナンセ(NANCAY)電波観測所です。

電場望遠鏡といえば普通、おわん型のパラボラアンテナを思い浮かべると思いますが、ここの電波望遠鏡は二つの向かい合った巨大な電波反射板から成っています。ひとつは固定され、もうひとつは反射板の傾斜が可能です。この形はアメリカのジョン・D・クラウス(1910-2004)が考案したもので、クラウス型と呼ばれるものです。目標天体の導入は地球の自転に頼っています。頼りっきりでは無いでしょうが。

観測所の完成は1963年です。記念切手の図柄はスッキリしていて好感が持てるのですが、初日カバーと記念印のデザイナーはふたつの板を並べただけの切手デザインにもの足りなかったのか、少し内容詰め込み過ぎの図柄にしてしまった、のでは?。
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説明がなければ何を描いているのかよくわからん。
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