カテゴリ:未分類( 199 )

d0163575_2133798.jpg

アゲハがとまる細枝は、夏の間に蝶の幼虫が葉を食べつくして軸だけになった山椒の木。

d0163575_214392.jpg

ひまわりと山椒の枝を行き来していたアゲハは、仔猫の好奇心をいたく刺激し、
d0163575_2143068.jpg

ごらんのとうり。  この直後、蝶はヒラリと身をかわして秋空へ・・・。
[PR]
平成29年9月30日から10月7日までの日程で、築城基地にて米軍・三沢基地所属のF-16と築城・第8航空団、春日・西部航空警戒管制団の合同訓練が実施されています。

実は昨日(3日)も午後から撮影に出かけたのですが、仕事の都合のため1時間ほどで撮影ポイントを離脱、この間、離陸も着陸も皆無の状態。

本日4日は12時半頃に西側の撮影ポイントに到着、ほどなくして築城の第6飛行隊と第8飛行隊のF-2が離陸し、1時間半程度タッチ&ゴーを実施。


d0163575_13351399.jpg

第8飛行隊 03-8504  ↑
d0163575_1335418.jpg

第8飛行隊 03-8503  ↑
d0163575_1336586.jpg

第6飛行隊 63-8541  ↑

d0163575_13363273.jpg

その後、合同訓練が始まり、最初に第6飛行隊の93-8552が離陸、↑ 続いて63-8541 ↓
d0163575_13365696.jpg

d0163575_13373743.jpg

73-8543  ↑  43-8526  ↓  の4機のF-2が離陸。
d0163575_13375826.jpg



三沢のF-16の参加機は、2時52分頃にAF92-893が最初に離陸、  ↓
d0163575_13382879.jpg

続いてAF92-887  ↓ 
d0163575_13384737.jpg

d0163575_133963.jpg

複座機 F-16D AF91-477 ↑ と続き、最後に35FW司令官指定機 AF91-357 ↓ が離陸しました。
d0163575_13393632.jpg

F-16C 戦闘機 第35戦闘航空団/第13戦闘飛行隊

空気取り入れ口の下部に取り付けられたポッドは、対レーダーサイト破壊用のAGM-88ミサイル(空対地)を目標に誘導するためのAN/ASQ-213 HTSポッドで、離陸した4機すべてに付けられていました。
d0163575_1340238.jpg

飛来した6機のうち、2機は地上待機。 「91-0382」と「92-3913」

今回の合同訓練は、在日米軍再編に伴なう訓練移転で、築城基地使用では2年ぶり6回目となります。

なお、在日米軍の訓練移転は2007年に始まっていますが、その第1回目は築城基地で行われています。

期間は2007年3月5日~8日で、沖縄・米軍嘉手納基地より第18航空団のF-15戦闘機・5機、資材及び兵員約50名を乗せたC-130輸送機・2機が飛来、築城の第304飛行隊のF-15・4機とともに合同訓練(在日米軍再編に係る日米共同訓練)を実施しています。

さらに余談ながら、築城基地使用の日米共同訓練の最初は、1988年2月18日・19日で、岩国基地駐留の第1海兵航空団のF-18が4機飛来しています。

共同訓練の実施期間(1988年2月15日~19日)のうち、15・16・17日は新田原基地を拠点とし、後半の18日・19日が築城基地を拠点とした訓練で、いずれも春日基地の西部航空方面隊と連動した訓練でした。

訓練参加機は、岩国のF-18のほか、嘉手納基地のF-18、三沢基地のE-2C、百里基地のF-4EJ・2機、築城基地のF-1・4機、同じく築城のF-4EJ・4機など日米合わせて27機です。

1988年2月18日・19日の両日、築城に飛来したF-18は、米軍に接収されていた築城基地が1957年(昭和32年)7月1日に返還されて以来31年ぶりに飛来した米軍機となっています。
[PR]
今が見ごろのシロバナヒガンバナ、我が家の近くでは築上町の正光寺の一万本のシロバナヒガンバナが有名ですが、そこまで出かけなにくても我が家の庭を含めてこの時季、あちこちの庭先で咲き誇っているさまをみることができます。

そのうちのひとつ、苅田町の白川郵便局前の小川の土手にて撮影のシロバナです。
d0163575_21343935.jpg

d0163575_2135983.jpg

文字を描いているような、いないような。よくわかりませんが、人の手でわざわざ植えられていることだけはわかります。
d0163575_21353193.jpg

でも、よくよく見ると最初は「白川」と書かれていますね。次は不明でそのあとは、「の里」かな?


・・・、とここまで書いてふっとひらめいたのは、「しぜんの里」 ?

シロバナヒガンバナのうしろはアジサイで、土手に沿って長く長く植えられ、これもまた花の季節になると見応え充分です。

石垣とともにいい雰囲気を出しています。
[PR]
2017年6月19日から車両メンテナンスのため運休していた「ななつ星in九州」が運行を再開しました。

再開運行初日の8月22日は豊前市の三毛門駅に撮影に出かけましたが、適当な撮影ポイントがなく、駅の跨線橋から撮影。

その結果、撮影時には気付かなかったのですが、防護の金網が映り込んでいて不本意な出来栄え。しかも逆光。

三毛門駅ホームに進入する正面からの写真は割合して、去りゆく「ななつ星」を一応UPします。 ↓ 展望デッキの白制服の男性はスタッフのようです。
d0163575_314018.jpg

2017年8月22日撮影 中津市街へ向う「ななつ星」

そこで、運行2回目となる本日、再び「ななつ星」を追って日豊本線を南下。途中、周防灘を背景に何ヶ所か撮影ポイントがあるのですが、駐車する場所がなくそのまま中津市に到着。山国川の鉄橋を渡る「ななつ星」を撮ることにしました。
d0163575_382211.jpg

2017年8月29日 15時13分撮影 ↑ ↓
d0163575_384242.jpg

この写真も撮影前のイメージとはちょっと違う仕上がりですが、私の撮影技術ではこんなもの。
・・・だから鉄道写真は面白い!!、ということで、来週の火曜日も再々度の撮影行になることでしょう。

ちなみに日豊線南下は毎週火曜日に博多駅11時21分発の3泊4日コースで、1日目は23時47分に大分駅着。2日目以降、延岡、宮崎、鹿児島、隼人、人吉、博多着の九州1周です。
[PR]
連日の猛暑のなかにあって、気温30度をわずかながらも下回った本日、日没の少し前から飛行機雲が次々に発生。
d0163575_5571899.jpg

2017年8月26日18時50分撮影 ↑ 飛行機雲に平行して左側に広がる雲は、数分前に通過した飛行機が残した雲。
d0163575_5574592.jpg

18時53分撮影 ↑ 飛行機雲がもう一つ加わり、
d0163575_558328.jpg

18時58分撮影 ↑ さらに加わって福岡空港へと尾を引きます。
d0163575_5582338.jpg

南の空には ↑ 10分ほど前に通過した飛行機が残した雲が、尾流雲を伴なって大きく広がっています。
d0163575_5584449.jpg

19時00分撮影 ↑ 飛行機雲は愈々乱れ、月齢4.4の月が白い点となって電線の左側に現れてきました。

やがて涼風が吹き始めて暑い一日の終了合図となることでしょう。
[PR]
d0163575_2130235.jpg

月齢26.7 金星光度-4.0等 2017年8月19日4時01分撮影

保元元年(1156年)7月の「保元の乱」で敗死した左大臣藤原頼長の日記「台記」の久寿二年(1155年)7月の条に、月と金星(太白)の接近の事が記されています。

『廿六日辛未 深更月犯太白、即使人問泰親、使者帰来曰、泰親立地仰天』

7月26日の深更に月が太白を犯す、現代の言葉でいうと「合」となった時、陰陽博士安倍泰親に事の次第を問わせています。

そして、翌27日に『廿七日壬申 泰親□月犯太白、天子悪 先帝崩象歟、母主悪、関白殿北政所将薨象歟、立太子皇子歟』と記しています。

「月、太白を犯すは天子に悪あり。先帝崩じたまう象か、また女主に悪あり、これは関白殿の北政所が薨ぜんとする象か、また太子か皇子のことか」と、安倍泰親が答えています。
d0163575_21303233.jpg

5時14分撮影 ↑ 朝焼けが濃くなるに連れ、金星は淡くなって行きました。

陰陽道が盛んであった平安時代、月星の接近は忌むべき出来事であり凶事の前兆とされ、「合」が確認されると陰陽博士は意見や判断を書き記した勘文を天皇へ密奏し、しかるべき寺院で悪凶退散の御修法を執り行うことを勧めていました。

月星接近はよくあることですが、当時の宮廷社会では未来を予測する一大関心事で、新星や彗星の出現などの天文異変と併せて公卿の日記や説話物語集に頻出しています。

例えば、「大鏡」「宇治拾遺物語」「今昔物語」「古今著聞集」「玉葉」「明月記」「吾妻鏡」「実隆公記」「後法興院政家記」などです。

上記の「台記」の久寿二年(1155年)7月の「月犯太白」については、斉藤国治氏の天文計算があります。それによると「接近」というよりは「食」で、1155年8月26日2時59分に金星が月の裏側に潜入、3時42分に出現した「金星食」だったようです。この時の月は月齢25.8、金星光度は-3.5等とのこと。

中国古来の占星術では月と星(あるいは惑星と恒星、惑星と惑星、など)が、0°.7以内に接近すれば重大天変の「犯」とされていました。

本日の月と金星の接近は7°ばかりですので、「犯」とは言えないようですね。
[PR]
d0163575_1722531.jpg

行橋市平島踏切付近にて ↑ ↓ 2017年8月16日11時07分撮影
d0163575_17232076.jpg

カルスト台地平尾台を背景に由布院に向う「ゆふいんの森91号」
[PR]
7月5日から降り始めた北部九州の記録的な豪雨により、翌6日にJR久大線の花月川に架かる橋梁(大分県日田市)が流失。

そのため、博多駅~久留米駅→久大線~由布院駅の通常ルートが使えず、本日15日より当分の間、博多駅から小倉駅経由の迂回ルートが使われることになりました。

d0163575_1631722.jpg

由布院駅へ向かう「ゆふいんの森」93号 ↑ ↓ 2017年7月15日12時43分撮影 日豊本線小波瀬西工大前駅付近にて
d0163575_1633658.jpg


運転時刻は次のとおりです。(平成29年7月15日~7月31日)

●由布院行き

ゆふいんの森91号(4両) 博多駅8時45分発→小倉駅10時30分発→別府駅発12時19分→大分駅発12時45分→由布院駅着13時35分

ゆふいんの森93号(5両) 博多駅11時00分発(土・休日11時08分)→小倉駅12時17分発→別府駅発14時39分→大分駅発14時55分→由布院駅着15時45分

●博多行き

ゆふいんの森92号(4両) 由布院駅発14時45分→大分駅発15時35分→別府駅発16時39分→小倉駅発18時52分→博多駅着20時34分

ゆふいんの森94号(5両) 由布院駅発17時06分→大分駅発18時18分→別府駅発18時29分→小倉駅発20時30分→博多駅着21時35分

8月以降の時刻表は追って発表されるそうです。
[PR]
表紙は、特異な形状の尾を持つ彗星としてよく知られた「モーアハウス彗星」です。1908年9月1日にアメリカのDaniel Walter Morehouseによって発見され、翌年5月まで観測されました。

絶対光度は4.1等級と推定されています。尾は最大6個まで分割されたように見え、なかには彗星頭部から完全に分離されたように見える尾もあったそうです。


さて、本書の冒頭に1947年1月25日の日付で『昭和十二年の末頃から、暇あるにまかせ、ゆったりした気持ちで、時々の話題を把へ、主として「天文学雑誌」のために書いた短文を、一括して上梓したものである』とあります。

そして 『時期遅れのものは皆書き改め、新時代の日本に向くやうにしたことを断って置く。』と続きます。
d0163575_6302542.jpg

ヤーキース天文台撮影 ↑ 「モーアハウス彗星」表紙

しかし、一部の文章には執筆年月日が記載されているものの、「天界」への掲載年月が書かれていませんので、単なる好奇心から掲載年を調べてみました。

以下のとおりです。タイトルの番号は目次順です。


1.羊の星座          天界第23巻第260号・1943年
2.蛇の星座          天界第21巻第243号・1941年
3.馬に因む星座         天界第22巻第256号・1942年
4.支那の星座         天界第19巻第221号・1939年
5.三種類の遊星(外遊星、内遊星、月)    天界第20巻第229号・1940年

6.わが地球の薄衣      天界第19巻第213号・1939年
7.地球の自轉は変る       天界第18巻第206号・1938年
8.月の光の明るさ       天界第22巻第250号・1942年
9.木星界のおめでた(新衛星発見のこと) ●「天文学雑誌」に掲載と思われるが掲載号不明 文末に「一九四六・六・二四」の日付あり
10.木星の衛星を弄ぶ(蝕や掩蔽など)    天界第21巻第238号・1941年

11.木星系のモデルを作る      天界第19巻第222号・1939年
12.小遊星を楽しむ        天界第18巻第202号・1938年
13.ヴエスタのいたづら       天界第18巻第205号・1938年
14.世界のいろいろ (各遊星の事など)   天界第21巻第236号・1941年 天界記事では「いろいろの世界」
15.闘ふ星々         天界第21巻第244号・1941年

16.太陽は巨大なサイクロトロン   天界第22巻第254号・1942年
17.愈々太陽黑點が大活動  天界第18巻第204号・1938年
18.星の大きさは?    天界第18巻第203号・1938年(1938・3執筆)
19.宇宙最大の星    天界第21巻第239号・1941年
20.ミラ星の最近の消息   天界第23巻第263号・1943年(1943・1・5執筆)
21.牛座あたりの妖雲   天界第22巻第258号・1942年(1942・10・3執筆)
22.銀河宇宙測量の一例  天界第20巻第231号・1940年
23.算へることと測定すること   天界第20巻第223号・1939年
24.天体が進化するまで   天界第20巻第227号・1940年
25.膨張宇宙説(光速の変化を考へて)    天界第21巻第240号・1941年(時と暦の特輯号)

26.宇宙も進化する(相対論や原子論へ) 天界第18巻第209号・1938年(1938・6・18執筆)
27.コロンブスの天文学     天界第20巻第233号・1940年
28.コペルニクの言葉(訳)     天界第20巻第230号・1940年
29.コペルニクは水星を見なかつたか?(訳) 天界第23巻第262号・1943年
30.オルバースの跡を尋ねて(ブレーメン市へ) 天界第19巻第212号・1938年(1938・10・25執筆)

31.ヘイル博士の小傳 天界第18巻第207号・1938年(1938・6・1執筆)
32.星の名で呼ばれる九つの化学元素 ●「天文学雑誌」に掲載と思われるが掲載号不明 文末に「一九四六・六・二四」の日付あり
33.レンズ奇譚二つ三つ   天界第21巻第245号・1941年
34.学術と人生(グレゴリ氏原文の訳) 天界第19巻第214・215号・1939年
35.天文常数一覧(一九四〇年度) 天界第20巻第225号・1940年

36.星を見て方角を知る法   天界第18巻第201号・1938年
37.子供の疑問と解き明かし   天界第22巻第255号・1942年
38.冬至の話(暦の出発点として) 天界第18巻第199号・1937年


以上、38話で1937年(昭和12年)から1946年(昭和21年)にかけて掲載あるいは執筆されたものです。
●「天文学雑誌」は、終戦の少し前から戦後の一時期に使われた「天界」の別誌名です。掲載号不明の記事は、「天界」「天文学雑誌」以外かもわかりません。

あまり意味はないのですが、掲載年を数えると以下のようになります。掲載本数の右は、その年の天文界の出来事です。

1937年 1  水星の太陽面経過/大阪市立電気科学館開館/銀河団のミッシングマス問題の指摘(ツヴィッキー)
1938年 9  原子核反応による太陽熱源の説明(ワイゼッカー)/木星の第10衛星Lysithea、第11衛星Carme発見(ニコルソン)/東日天文館開館
1939年 5  コロナ輝線の同定(グロトリアン)/火星大接近/中性子星の質量限界を計算(オッペンハイマー/ヴォルコフ)
1940年 6  岡林・本田彗星発見/Sky & Telescope誌創刊/星間分子の発見(マッケラー)
1941年 7  フレンド・リース・本田彗星発見
1942年 5  太陽フレアによる電波を捕捉(ジェームス・ヘイ)/ Tタウリ型星の発見(ジョイ)
1943年 3  北海道・名寄皆既日食
1944年 0  天体の種族の発見(バーデ)
1945年 0 星間中性水素原子が波長21cmの電波を放射する可能性を示唆(ファン・デ・フルスト)/宇宙線研究により朝日文化賞受賞(仁科芳雄)
1946年 2  恒星の磁場を発見(バブコック)/アメリカにてジャコビニ流星群大出現/フィジカル・レビュー誌にビッグバン理論発表(ガモフ)
-----------
  計38話

内容別では、星座×4、惑星科学×5、地球科学×3、月×1、小惑星×2、天体力学×1、電波天文学×1、恒星天文学×4、星間物理学×1、銀河天文学×1、膨張宇宙論×1、天体物理学×1、天文学史×5、望遠鏡×1、天文文化史×1、天文定数×1、天文教育×2、暦×1、その他×2  となり、ほどよいバランスと思うのですが、日蝕や彗星記事がないのがちょっと残念。

それぞれの話題は、その執筆の元となる観測や研究が存在していて、例えば「9.木星界のおめでた」は、1938年のニコルソンによる木星の新衛星発見に基づいていますし、「19.宇宙最大の星」は、1941年2月にジョージ・H・ハービグが発表した論文に基づいて書かれたものとなっています。 

また、「20.ミラ星の最近の消息」は、1940年のアレゲニ天文台のバーンスの観測に基づくものであり、「21.牛座あたりの妖雲」は、S.W.マコウスキーの一連の研究発表によるものです。

ほかにも、「25.膨張宇宙説」は、1940年のウィルマ・C・アンダーソンの光速測定に基づいて書かれ、「22.銀河宇宙測量の一例」は、G・L・カムの研究に基づくものなどの例をあげることができます。

こうして見ると海外の天文情報は比較的入来していた戦前はともかく、情報源が限られていた戦中においても、恒星物理や星間物理などの世界の天文界の動向・成果を積極的に取り入れ、それらを平易に解説した幾多の文章は、天文プロとアマチュアの橋渡し役に鋭意徹した著者ならではの面目躍如もの、と言えると思います。戦後に書き改めたものがある、とは言えです。
d0163575_6311530.jpg

ところで、本書冒頭に『主として「天文学雑誌」のために書いた短文』とあるにもかかわらず、ほとんどが「天界」掲載の文章なのはどうしたことか。

著者の思い違いか、あるいは「天文学雑誌」も「天界」も名称が違っても著者にとっては同一のものと認識していたからなのか、それとも幾つかの文章を提示して、実際の選択は編集者に一任した結果なのか・・・。まあ、どうでも良いことですが。

ちなみに本書発行の昭和22年4月時点の誌名は「天文学雑誌」でした。


『天文新話』

著者:山本一清
発行所:恒星社厚生閣       東京都京橋区銀座西八丁目八都ビル 振替東京五九六〇〇番
発行者:恒星社厚生閣 岡本正一  東京都京橋区銀座西八丁目八
印刷所:行政学会印刷所      東京都立川市曙町三ノ五五
配給元:日本出版配給株式会社
印刷:昭和二十二年四月十五日
発行:昭和二十二年四月二十日
日本出版協会会員番号:A110030番
4000部印刷/12.5×18センチ/174ページ/定価四十五円
[PR]
レンズ雲は上空の風が強いときに現れやすいということで、観天望気にも使われているそうです。
実際、台風3号が九州に接近中で、それに伴う風も少し強くなってきました。

撮影時の台風3号は沖縄の北西の海上にあって、北北東方向に35km/hの速さで移動中。
d0163575_20123512.jpg

平成29年7月3日19:00撮影
d0163575_20125533.jpg

2017年7月3日19時30分発表では、中心気圧は985hPa、中心付近の最大風速は30m/sで、4日06時には長崎市の西南西約160kmに達し、4日18時には和歌山市付近に達する、とのこと。
[PR]