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『南を見てくれ』 松下紀久雄著/占領下のシンガポール 昭和19年

シンガポールは1942年2月15日の陥落から1945年9月12日の在シンガポール日本軍降伏までの約3年半、日本の占領下にありました。

この間、占領地の住民に対する宣伝宣撫・日本国内向けの報道・現地日本軍将兵への啓蒙及び慰問・対敵宣伝などを目的として、作家・画家・新聞記者・雑誌記者・編集者・映画関係者・放送関係者・印刷関係者・演劇関係者等々が徴用され、シンガポールをはじめとしてスマトラ・ボルネオ・ジャワなどの占領地各地でいわゆる「文化工作」が行われました。

『南を見てくれ』の著者「松下紀久雄」も徴用されて現地での「文化工作」に従事した人物のひとりで、同じく徴用された横山隆一や近藤日出造、麻生豊、清水崑、小野佐世男らと同様に漫画家でイラストレーターでした。
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南方戦線・占領地における文化政策やプロパガンダの「文化工作」従事者の徴用・派遣は1941年10月に始まっていますが、松下紀久雄の徴用時期ははっきりしていないようです。

しかし、1942年5月に現地華字紙「昭南日報」に彼が描いたイラストが掲載されていますので、この頃にはすでにシンガポールで活動していたと考えられています。

彼のシンガポールでの活動拠点は、日本軍が接収したロビンソン・ロード45-49号の南洋商報社(昭南画報社)で、陸軍企画部宣伝班の美術部に所属して、華字紙「昭南日報」や英字紙「昭南タイムス(THE SYONAN TIMES)」に漫画(イラストレーション)を提供していました。

『南を見てくれ』は、「昭南島」「スマトラ」「ボルネオ」「報道漫画について」の4章から成り、それぞれの土地で見聞きしたこと、経験したことを合計69のエピソードで綴り、全124点のイラストレーションを添えています。イラストは記事内容に沿ったものもあれば、記事とは関係なく現地で彼の印象に残ったと思われる風俗・人物・建物などが取り上げられています。

「昭南島」の章では17のエピソードに31点のイラストが添えられています。記事タイトルは次のとおり。


昭南島の日本語学校/神保学校/特別市立中央病院/マライの増産/チャーチル市場/ユビーとケダモノ/昭南神社/新世界/バタの臭みから味噌汁の味へ/新聞売り/南進通りオーチャード・ロード/印度人の番人/昭南島の劇場/昭南島人種展/華僑の街/税金納入済/華僑の子供


いずれも日本軍政下でのシンガポールの繁栄・日本人への親しみなどが語られ、物資の豊富さや治安のよさ、日本語教育の成果などが強調されています。

しかし実際は必ずしも現地社会が安定していたわけでなく、抗日華僑グルーブの存在や闇市の横行、金融の崩壊など多くの問題を抱えていました。

・・・が、これらには全く触れられていません。これは著者が自身の考えで意図的にスルーしたものか、軍部による指導によるものなのか判断は付きませんが、これこそ文章とイラストによるプロパガンダそのものなのでしょう。

「文化工作」の重要な仕事のひとつに「現地の人に対する日本語教育」がありましたが、『南を見てくれ』においても日本語学習熱の高まりとその成果が各エピソードの随所で見受けられます。

「昭南島の日本語学校」に添えられたイラスト ↓ 『南を見てくれ』にはたくさんの子どもと女性の姿が登場します。
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宣伝班が運営していた日本語学校は、詩人の神保光太郎を園長とする「昭南日本学園」とその付設の「昭南児童園」がありました。

学校では日本語学習に加えて、日本の皇国思想の移殖が試みられたことはいうまでもありません。

「神保学校」の挿絵 ↓ 
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「神保学校」に添えられたイラストは、「Syonan Times」の連載記事「昭南島建設」のイラストの再録です。
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「バタの臭みから味噌汁の味へ」の挿絵 ↑

タイトルの意味するところは、洋風の街並みや生活様式が日本風になってきた、ということでイラストの「ハイストリート」も日本人向きの食堂や商店が軒をならべているとのこと。

街角のインド人風の交通巡査は背中に交通指示機を背負い、日の丸の腕章をつけています。洋車(チャー)と呼ばれる人力車が重要な交通手段となっています。


(2017年4月21日に続きます)
by iruka-boshi | 2017-04-19 22:29 | いろんな本 | Comments(0)