北京天文館 「新しい北京」/1963年

中華人民共和国成立10周年を記念して計画から設計・施工そして完成までわずか1年あまりという驚異的な早さで造られた一連の建築物が北京市にあります。「北京十大建築物」と呼ばれるもので、以下のとおり。

人民大会堂/中国歴史博物館および中国革命博物館/中国人民革命軍事博物館/北京駅/北京工人体育場/全国農業展覧館/民族文化宮/釣魚台国賓館/民族飯店/華僑大厦
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      ↑華僑大厦とトロリーバス

このうち「華僑大厦」は現存していませんが、これらはすべて1958年9月5日の建設決定から翌年9月までに竣工された建築物で、現代中国においても重要な位置を占めている建物群です。

本日の「新しい北京」は、この「北京十大建築物」を始めとして、拡張・改修された道路・市街地風景、郵電ビル、放送ビル、官庁ビル、王府井デパート、首都劇場などの建物、発電所や実験用原子炉、毛織物、ガラス、化学、製鉄などの工場と内部の様子、学校やアパート群など、主として新中国成立以後の「建築物」を扱った写真集です。

これらの新中国を象徴する建物のひとつとして「北京天文館」も取り上げられていますので、設置されているプラネタリウムとともに概略を少しだけ・・。
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↑「新しい北京」34ページより「天文館」
北京天文館の開館は1957年9月29日、建設着工は1955年で前年の1954年9月に中国科学院の許可を得て科学技術協会・北京人民委員会・北京天文館などが建設準備に入っています。

使用プラネタリウム機材は、カール・ツアイス・イエナ社の「Universal 23/2型(UPP 23/2)」で、ドーム径23.5メートル/600席/6.55等以上の恒星約9000個を投影可能。
ちなみに1960年6月10日開館の「明石市立天文科学館」の機材もイエナ社製の「Universal 23/3型 (UPP 23/3)で、ドーム径20メートル/座席350席となっています。

北京天文館は中国最初のプラネタリウム設置施設で、一般の観覧者のほかに学生の天文教育や軍人の天文知識普及に利用されてきましたが、自主開発のプラネタリウムではなかったため、1970年代に入って国産(中国産)の機材を開発する気運が高まり、北京工業学院・北京光学儀器廠・無線電控制設備廠などの共同開発で初の国産プラネタリウムを完成させ、1976年12月22日より、イエナ社の「Universal 23/2型」に代わって運用されるようになりました。
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↑中華人民共和国1958年6月25日発行の北京天文館「天文館・プラネタリウム」切手

中国自主開発のプラネタリウムは30年に亘って使用されましたが、北京天文館の隣接地に新たな天文施設が建設されることになり、2006年11月6日の天文館閉館に伴なって現役を退きました。

新しい天文館は2004年12月12日に完成しています。新天文館のプラネタリウム機材は、カールツアイスの最新プロジェクションシステム「ADLIP」で、デジタルプラネタリウムです。「ADLIP」は (All-Dome Laser Image Projection)の略。

なお、中国自主開発のプラネタリウムの形式名、機能・性能等は筆者(当ブログ主)はほとんど何も知りません。乞うご教示です。

ところで、「新しい北京」にはビルなどの建物以外にも興味深い写真がいくつか掲載されています。大台炭坑の立て坑とか映画現像所の現像職場とか陶然亭プールの飛び込み台、トロリーバス、バス停留所、ボンネットタイプのトラックや各種デザインの乗用車などですが、ここでは興味を惹いた写真を2点のみ取り上げます。

ひとつは「落下傘塔」の写真。
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↑「新しい北京」より「龍潭湖畔にそびえる落下傘塔」

多分に娯楽設備と思いますが、時には落下傘兵の訓練に使われたかもわかりません。これと同じような施設は戦前の日本にもあって、昭和15年に読売新聞社が東京都世田谷区二子玉川に建設した「よみうり落下傘塔」がよく知られているようです。今でいうところの絶叫系遊具でしょうが、時節柄、出征兵士の訓練にも度々使われています。高さ約50メートルとのこと。

また、昭和18年4月17日に開場の航空科学教育と遊園地を融合させたような施設「関西国民航空錬成場」通称「西宮航空園」にも落下傘塔が設置されていたそうです。

「西宮航空園」はかなり大規模な施設だったようで、園内に搭乗体験用の九二式重爆撃機や九七式戦闘機、九四式偵察機など数機が置かれ、屋内では発動機操作実験などの実演が行われていた、と言います。

もうひとつ眼を惹いたのは「飛行場」の写真でした。
↓「新しい北京」より「北京飛行場」
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北京飛行場(北京首都国際機場)は中国初の民間航空用の空港で1958年3月2日に開港。ターミナルビル(首都機場候機楼)はひとつだけで、写真を見る限りではあまり大きな建物ではないようですが、そのファサードは北京駅や人民大会堂、中国歴史博物館などに見られるような重厚な雰囲気を漂わせています。

飛行機は2機写っていますが2機とも同じ機種でイリューシン14です。(・・と思います)

余談ですが、北京飛行場開港の1958年と同じ年の9月24日に中華人民共和国初の自主開発旅客機「北京-1」が初飛行しています。

北京航空学院(北京航空航天大学)の教員と学生による設計で、乗員2名、乗客8~10名、全金属製の双発低翼単葉機で全長12.15メートル、プロペラは木製です。

「北京-1」の記事は→こちら(国防科技網/中国語です)

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『新しい北京』
1963年4月 初版
北京都市計画管理局編
北京外文出版社 発行
26.5×24.5cm/112ページ/定価400円/日本語版
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(いるか書房本館の「1冊100円。面白いけど売れない本」、追加しました。)
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by iruka-boshi | 2014-02-15 20:44 | Comments(0)