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宇宙観測ロケット 第1回打上げ記念/初日カバー 内之浦

噴煙を上げる桜島の切手に押された消印は昭和37年8月21日の日付。

この日より三日間に亘って一日1機、合計3機の観測ロケットが東京大学鹿児島宇宙空間観測所(内之浦)から打ち上げられました。

本日の初日カバーはこれを記念するもので、打上げ初日の鹿児島内之浦局の消印と記念印が押されています。
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飛翔するロケットの絵の下に「於 鹿児島県肝属郡内之浦町」とあって、その下に『第1日 OT-75型 発射実験・光学観測』『第2日 AT-150型 新型胴部アンテナ・テスト』『第3日 8L-1型 新個体燃料テスト』と印刷されています。

この説明にちょっと捕捉しますと第1日目(昭和37年8月21日)の「OT-75型」は正確には「OT-75S-2」で「OT-75型」の2号機です。・・ということは1号機があったわけで、1号機打ち上げは昭和37年2月2日の鹿児島宇宙空間観測所建設起工式の開催当日でした。

翌2月3日よりロケット発射場の本格的工事に着工し、翌年の昭和38年12月9日に開所式を迎えるわけですが、建設予定地の整地もほとんどなされていない状態での昭和37年2月2日14時30分の打上げが内之浦からの最初のロケット発射となります。

OT-75Sの「OT」は「Operation Test」の略でロケット発射手順の確認を目的としていることを表しています。75はロケット胴体の直径「75mm」を意味し(ただし、直径71mmと記した文献もある)、Sは「Single」でロケットが単段式であることを示しています。「OT-75S型」は2機発射されたのみです。

第2日目(昭和37年8月22日)の「AT-150型」は同型1号機の「AT-150-1」で、同日13時00分に打ち上げられています。ATは「Antenna Test」のこと、150は胴体直径を示していると推測しますが、初日カバーの説明にあるように「新型胴部アンテナ・テスト用ロケット」以上の詳細はわかりません。というか、知りません。

しかし、SP-150型、FN-150型、RT-150型、HT-150型、LT-150型、SO-150型などの各種観測ロケットが昭和35年から昭和39年にかけて12機ほど発射されていますので、「AT-150型」もこの系列に連なる観測ロケット、「K-5型ロケット」の2段目エンジン(K150型/直径150mm)を使用したロケットであろうと想像します。なお、「K150型エンジン」を使った「K150型」という単段式ロケットが昭和33年に3機打ち上げられています。

第3日目(昭和37年8月23日)の8L-1型は「K-8L-1」のことで、K-6H(カッパ6H型)を改良したロケット「K-8L型1号機」です。

1段目にK-6のブースター(直径245mm)を転用し、その上に直径160mmの2段目を搭載した2段式で全長7.3m、全重量360kgのロケット。元々、K-6H(ペイロード:25 kg/飛翔距離:80 km)の改良型K-6Sとして開発されましたが、飛翔距離(到達高度)がK-8型(1号機発射は昭和35年7月11日)と同等の160~200㎞に達しているため、「K-8L型」に名称変更されました。

K-8L型1号機の打ち上げは昭和37年8月23日16時15分、最終号機は昭和41年12月10日12時00分で、全12機が発射されています。
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記念印は印影が薄くてはっきりしませんが、よくよく見るとフェニックス樹の右に飛ぶロケットは胴体中央に尾翼が描かれ、2段式であることがわかります。

多分、「K-8L-1」でしょう。ちなみに初日カバーに描かれたロケットは単段式ですので「OT-75S」と「AT-150」を表したものと思います。

なお、切手は昭和37年4月30日発行の「錦江湾国定公園 桜島」です。錦江湾地域は昭和30年9月1日に国定公園に指定されましたが、昭和39年に屋久島周辺とともに「霧島国立公園(昭和9年指定/我が国最初の国立公園のひとつ)」に編入されて「霧島屋久国立公園」と改称、現在では「屋久島国立公園」と「霧島錦江湾国立公園」に分かれています。
by iruka-boshi | 2013-10-14 08:33 | 星の本・資料 | Comments(0)