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貝の扇 立川春重著 昭和22年

取り上げられている貝は、はまぐり、さくらがいを始めとして全部で38種。

正確には「なまこ」や「ひとで」「うに」なども含まれているのでこれらの棘皮動物が3種と「いそぎんちゃく」「サンゴ」の刺胞動物が2種、それに「やどかり」「えぼしがい」の節足動物2種、残り31種が軟体動物の「巻貝・二枚貝・ツノ貝・あめふらし」の記述となっています。
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それぞれの貝の特徴や生態が書かれているわけですが、すべての貝が擬人化されていて、各自が身の上話を語るという形をとって描写されています。

一番長い身の上話は32ページを使って語られる「はまぐり」の告白で、「結婚式の祝膳に鯛とともに供されることは、貝類の仲間がうらやむ晴れ姿だが、膏薬入れの容器にされるのは勘弁してもらいたい」と愚痴を言うかと思えば「桑名の焼きはまぐり」に話しは移り、「京都御所の蛤御門」の名称由来に飛んだと思えば、「碁石の白は日向産のハマグリに限ります」と言ってひとしきり碁の話しに夢中になり、そのあと「雛祭の雛壇への供物として、ハマグリはなくてはならないものの一つでしょう。」とさらに自慢話しは続きます。

「さくらがい」の章では、「おしゃれな人は、私を真似て、指の爪を美しく桜色に化粧しています」とさくら貝が言い、「砂浜に落ちている桜貝の貝殻は、春雨に降った桜の花びらのように美しい」と著者が言います。

この本の表紙に描かれ書名にもなっている「帆立貝」の章では、「ほたて貝のことを海扇と書き、青白い海の朧夜の妖気につかれて、帆船が微笑みながら、海底に沈んで貝になったのが」私たちだと帆立貝が言い、そのあと、帆立貝の形態・生態に話しが及び、途中「長唄風流船揃」で船の起源に触れ、「殻は杓子として昔、朝の味噌汁をすくう道具だった」と書いてこの章を終えています。

ハマグリの章以外、大体3~6ページでひとつの話しを終えていて、どの貝から読み始めても面白く読み進むことができます。さまざまな貝のさまざまな生態やエピソードが童話的情感で綴られていますが、メルヘンチックに溺れることなく、最終的には簡単ながら生物学的記述をもって整えています。
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「きさご」の章でもこの貝を「おはじき」などの子供の遊びに使ったと書いたあと、「嬉遊笑覧」の「ちうちうたこかいな」の数え方に移り、さらに「ちちんぷいぷい」のおまじないは三代将軍家光の「智信武勇(ちじんぶゆう)」に通じる言葉であった云々、の最後は【喜佐古 馬蹄螺科の円錐形小巻貝 殻質重厚、螺層六階、殻表の色彩は多様、殻口は半円形、紅色を帯ぶ。玩具の外、養殖魚類の餌また肥料になる。】と図鑑的説明も添えられています。

貝の生物としての説明は「貝の扇あとがき」で8ページに亘ってやや詳しく述べています。しかし、著者の立川春重(たてかわ はるしげ)は、生物学者ではなく、専門は造船学・船舶工学です。

本書の著者略歴をそのまま転写すると、『大正五年東京帝国大学工学部船舶工学科卒業/東京石川島造船所技師/現在、東京明治工業専門学校講師/著書には「船舶の理論と実際」「油槽船の構造」「船の幻燈」「波」其の他造船技術並びに科学の随筆に関するもの多し』 とあります。

「船の幻燈」「波」は科学随筆です。ほかには「日本の木船」「船渠と船舶修理」「造船所」など船舶関係多数ですが「歌舞伎」というのもあります。「貝の扇」には貝とは直接関係の無いエピソードが多々登場しますが、その著述ぶりをみると、博識多才な趣味人だったのだろう、と想像できます。貝のカットも著者です。
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『竜宮城で大演奏会が催され、乙姫さまは、侍女に、「クラリネットを持って来ておくれ」と、命じました』(本書より)
【琉球竹 螺貝、腹足類、櫛鰓目、筍貝科/筍形、螺塔高く、貝殻は堅固、殻表には、淡肉色、方形の栗黒色斑を雑へ、光沢強く、美麗である。殻高220粍、直径39粍】


貝の扇
昭和二十二年七月二十五日 印刷
昭和二十二年七月三十日  発行
著者 立川春重
発行者 西村愛
印刷者 山村榮
印刷所 株式会社同興社
発行所 兼六館
カット 著者画
装丁  上田堯民
編輯  窪田睦明
18.5×13.5cm/168ページ

いるか書房本館のここに「貝の扇」をUPしました。(現在ウリキレです)
by iruka-boshi | 2013-08-02 13:33 | いろんな本 | Comments(0)