天文・地文 堺利彦著/無産者自由大学 第一講座 昭和2年 (その2)

第一章「総論」で、天文学と社会生活の接点、例えば「時」や「暦」や「航海術」との関連を説くとともに、「天文学の謂ゆる精神的方面」「天文学とアキラメ主義」「天文学と階級闘争の武器」「学問の階級性」等の小項目を設けて「無産者自由大学」で天文学を学ぶ意義や心構えのようなものを説いています。

この第一章「総論」と第十一章「結論」に書かれていることは、シリーズ内の他の講座にも当てはまる事のようで、当講座を学ぶとき常に意識しておくべきもののようです。

「天文・地文」についての具体的記述は第二章からです。各章のタイトルは次のとおり。

第二章「古代の天文学(天動説)」/第三章「地動説と太陽系」/第四章「恒星、銀河、星雲」/第五章「太陽と遊星と月」/第六章「地球と太陽と月」/第七章「岩石圏(陸界)」/第八章「水圏(水界)」/第九章「大陸移動説」/第十章「大気圏(気界)」/第十一章「結論」

いずれの章も天文学史の観点からの記述で、言わば「宇宙の構造解明史」となっています。

第二章と第三章の内容は当時(昭和2年頃)の他の天文学啓蒙書と比べて大差ありませんが、興味深いのは日々、新発見や新理論が発表されている第四章と第五章の記述内容です。

中にはチョット変だな、という部分もありますが、これは多分、堺利彦自身の考えが含まれているのではないだろうかと想像します。
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テイヒヨの宇宙構造図 一番外側の円が恒星天、宇宙の中心は地球で、その周りを太陽と月が廻り、諸惑星は太陽の周りを廻っていると解釈した。テイヒヨは「ティコ・ブラーエ」のこと。

第四章は恒星の固有運動の話しから始まって、恒星の距離の測定、ハーシェルの二重星の研究、キルヒホフの太陽スペクトルの分析、カプタインの二大星流説、マイケルソンの恒星の視直径測定、等々、そしてジーンズの宇宙生成論の説明へと進み、謎の物質ネブリウムについての記述で終わっています。

第五章で気になるのはやはり「火星」の扱いです。一部を転記します。

「火星には希薄な空気があり、酸素もあり、水もある。(中略)それから表面の或る部分が青黒く見えているのは、多分森林地帯であるだらう。そこで要するに、火星には生物があるだらうといふ事になる。

それから火星には非常に大規模な運河があるといふ説がある。(中略)斯様な現象は、どうしても余ほど智的な頭から割出された仕事の結果でなければならぬ。(後略)」とあって火星人がいるのではないか、と言う説を紹介しています。

また、火星人が地球に対して無線電信を送っているという説と火星に怪しい光が見えるのは地球人に通信を試みる「烽火(のろし)」だろうと言う説も紹介されています。

当然、これらの火星人説に対する反論も載せていますが、結論らしきものを書いていないのは昭和2年の時点としては仕方の無いことでしょう。

「はしがき」と「第一章 総論」「第十一章 結論」は回りくどい表現を多用していて少々読みづらいのですが、天文学発展史及び地球科学の第二章から第十章の部分はそのような事はありません。さまざまな学説を手際よくまとめて簡潔に記していて、淀みなく読み進めることが出来ます。

解かりやすい文章で書いているのは科学啓蒙書という性質によるものと思いますが、「はしがき」で書いているように「古くから、ちょいちょいと、それに関する本を読んだ事がある。」程度の知見ではこのように流れるような科学解説文は書けず、相応の良書を持って体系的に天文学に取り組んだのではないかと推察します。



「天文・地文」 堺利彦著
昭和二年五月二十五日印刷
昭和二年五月二十八日発行
発行所:南宋書院 東京麹町区九段中坂下中山ビル
発行者・印刷者:涌島義博 東京麹町区九段中坂下中山ビル
印刷所:南宋書院印刷所 東京神田区雉子町三四

13cm×19cm/169ページ/非売品

堺利彦は明治43年から44年にかけて「馬岳隠士」の変名で「サンデー」誌上に「戯曲アルセーヌ・ルパン(3)」のノベライズ英語版(予告の大盗)を翻訳発表しています。
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ルパンの名前は「渡辺金兵衛」だそうです。変名の「馬岳」は堺利彦が生まれ育った犀川・豊津(現みやこ町)の近くに位置する標高218mの低山「馬ヶ岳」に因んでいます。
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by iruka-boshi | 2011-12-09 21:03 | 星の本・資料 | Comments(0)