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キンタマニー湖の魔女

かなりインパクトのあるタイトルですが、この地名は実在します。
ただし、湖の名前ではなく、Kintamaniは高原の名前です。

この高原のふもとにバトゥール湖というのがありますので、著者はこの湖を仮にキンタマニー湖と呼んだのでしょう。あるいはこのような別名があるのかもわかりません。

いづれにしてもKintamaniはバリ島の有名な観光地のひとつだそうですので、行かれたことのある方は、大勢いらっしゃることと思います。

著者はこの湖があるバリ島に旧海軍民政部の技師(医官)として2年あまり滞在しています。そのときの体験を綴った表題作のほか、ヤップ島・サイパン島での体験談、日本軍占領直後のアンボン島(モルッカ諸島の一部)白人婦女収容所でのできごと、マーシャル諸島の病院で目にした「アンナ」と書かれた女性の頭蓋骨に纏わる秘話、ジャワ島のボイテンゾルグ植物園(現ボゴール植物園)見学の話などで構成されています。
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著者は医大卒業後、国内の病院で勤務医として働いていましたが、やがて先輩医師に誘われて南洋庁所属の医官としてヤップ島へ渡ります。渡航した年代は本書のなかには書かれていませんが、著述の前後の文章から昭和10年頃のことと思われます。

当時、南洋群島は日本の委任統治下にあり、サイパン・ヤップ・パラオ・トラック・ポナペ・ヤルート・アンガウルの各官営病院へ医師を派遣していました。

著者はヤップとサイパンに5年ほど滞在し、このとき出会った数々の椿事・珍事件を現地の風習を交えて軽妙洒脱な筆運びで書きとめています。サイパン滞在の時期は書かれていませんが、アメリア・イヤハートの話題が出てきますので、昭和12年頃のことだろうと思います。

盧溝橋事件は昭和12年の7月に起きていますので、著者のサイパン滞在時にはすでに日中戦争に入っていたと思われます。それなのにこの本の内容の脱力的なこと!!。 

一ヶ所のみ、機雷処理失敗による悲惨な出来事が書かれていますが、あとは戦闘場面など一切出てきません。

ひとつには、南洋群島まで戦火が拡大していなかったこと、もうひとつは著者が海軍・陸軍の軍医ではなく、南洋庁所属の医官であったことが挙げられると思います。さらには、意識的に悲惨な話題には触れないようにした、のかも知れません。

マーシャル諸島の病院での「アンナ」の物語は悲惨と言えば悲惨なことに違いありませんが、哀切極まる出来事を情を込めて綴っていますので、読了後、何かしら暖かいものが心に残ります。

後半の「白人婦女収容所」「マダム・マタハリ」「バリ島夜話」「慰安所の生態」等々は、二度目の渡航時のことで今度は海軍民政部の医官の肩書きでした。

このときはすでに太平洋戦争にはいっていたようで、大洋丸撃沈事件に触れた個所があるので昭和17年以降のことを書いたものと思います。

内容は前半のヤップ・サイパン勤務時同様、ちょっと信じがたいほど浮世離れというか、戦時中離れしたものになっています。特に表題作「キンタマニー湖の魔女」は、スリリングな物語展開のなかにユーモアを散りばめて絶妙なバランスで魔女を語っています。


キンタマニー湖の魔女 元海軍民政部技師の記録から
著者:吉田昇平
発行日:昭和38年1月10日 初版
発行所:同盟通信社
装丁:布施信太郎
17.5×11cm/311ページ
by iruka-boshi | 2011-06-15 00:58 | いろんな本 | Comments(0)