星研究家/アサヒグラフ 10月3日号 1951年

「星研究家」のタイトルで2ページに亘って7名の大家が紹介されています。
タイトルには「せんもんかではありません」とわざわざ仮名が振られています。まずは左上の野尻抱影氏から。-星と文芸-野尻抱影(65)とあり、短文ですが要領よく纏められています。年齢はこの雑誌の発刊時のものです。

各氏とも最初の数行のみ転記します。

-星と文芸-野尻抱影(65)
「横浜生れ 早大英文科卒 中学二年の時世界中を騒がせた獅子座流星群に刺激され 四年の時病室でボール筒の望遠鏡から覗いたオリオンの美しさが忘れられず 以来意識的に星を見るようになる(後略)」野尻氏が手にする望遠鏡は20年来愛用の12cm屈折望遠鏡「ロングトム」。
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右下は-変光星-小山ひさ子さん(34)
「東京生れ「流れ星の美しさに心をひかれて」二、三の本を読み プラネタリウムに刺激されて家事の合間に手製の望遠鏡を覗くようになったのが十年前 戦争中空襲の激しい頃も爆弾の落ちる中で観測し咎められることもあった(後略)」観測機は20cmの赤道儀でほかに手製の望遠鏡が3機ある、とのこと。

小山氏の左は海老沢嗣郎氏
-木星-海老沢嗣郎氏(21)
「東京都下田無に生れ 東京歯科医専卒 昨年より歯科医を嗣ぐ 野尻抱影氏の著書に影響され 小学生の時「プラネタリウム」を見て「大空に仄かな憧れを抱き」中学に入って器械や書物に親しんだが 戦争中のこととて意の如くならず 戦後 村山定男氏に師事「惑星の表面にあらわれた美にひかれ」木星の観測を始めた(後略)」観測機は16cm反射と31cm反射の2機。海老沢氏と一緒に写っている反射は氏の自作機でしょうね。調べるまでに至っていませんが。

左隅にちょっと写っている方は「小槇孝二郎氏」です。
(この稿つづきます)
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by iruka-boshi | 2010-11-17 20:27 | 星の本・資料 | Comments(4)
Commented by なつひこ at 2010-11-19 20:40 x
小山先生の若い頃のお写真 扱ってる望遠鏡は
20センチ赤道儀みたいですね。
変光星よりも 太陽スケッチがメインだった様ですが、
記事は、夜空の星をメインにしてるのかな?

野尻抱影氏のロングトムは、10センチ経緯台で
今も現存してるそうです。
Commented by iruka-boshi at 2010-11-19 21:03
「アサヒグラフ」では「二十一年の春から国立科学博物館に勤務 変光星と太陽の黒点の観測を続けている」と簡単に触れているだけです。小山氏といえば太陽黒点、と来るのはのちのことでしょうか。
Commented by なつひこ at 2010-11-20 11:33 x
小山氏は、戦前から太陽黒点観測をされております。
科学博物館に勤務されてから 20センチ赤道儀にて
30センチの大きさに太陽を投影してスケッチされてた
様です。 面白いのは、三鷹の20センチ赤道儀と
上野の20センチの性能 大変似ているのか
観測者定数 kの値が ほぼ同じです。
Commented by iruka-boshi at 2010-11-21 07:25
「日本アマチュア天文史」の太陽黒点の項目は小山氏が執筆されていますが、このなかで小山さん自身の黒点観測は1944年頃からと書かれていますね。1944年は太陽活動の極小期で、1ヶ月ほど無黒点の太陽を見続けた後、小さな黒い点を見つけたが自信がなくて東亜天文協会に問い合わせた、というエピソードを披歴していました。