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大阪市立電気科学館 プラネタリウムNo.31

昭和15年9月1日発行の第31号で、9月の話題は「月世界の探検」です。
冒頭の「色々な月の顔」で西洋では月面の模様に蟹のかたちや婦人の横顔をを描き、中国では牧夫が薪を背にした姿に見立てていると説明し、はじめて望遠鏡を使って月を観察したガリレオのことや江戸時代に自作の望遠鏡で月を観察した国友藤兵衛のことなどが書かれています。
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下段の右のほうは「観測帳」と題されて9月の惑星の位置が示されています。「火星は見え難い」「木星と土星は相変わらず接近したまま午後八時頃に昇る、正に壮観!」とあります。下段の左には「九月の暦」があり、左端には「十月のプラネタリウムは秋の星座神話(附 変光星)」とありますので、アルゴルやミラの話しをしたんでしょうね。きっと。
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この年、昭和15年は東京でオリンピックが開催される予定でした。しかし昭和12年に盧溝橋事件が勃発し日中戦争へと拡大したことにより、国内外から開催中止を求める声が噴出。政府としてはやむなく翌13年に開催中止を決定しています。続いて昭和14年、ドイツ軍によるポーランド侵攻で第二次世界大戦が始まり、翌15年にはドイツ軍はさらにフランスへと侵攻するというような騒然とした世の中でしたが、天上界では二つの明るい出来事が記録されています。

一つはハーバード大学天文台のカニンガムによる新彗星発見(昭和15年9月5日)であり、もう一つは倉敷天文台の岡林滋樹氏と広島県瀬戸村の黄道光観測所に勤務していた本田実氏の二人による新彗星(岡林・本田彗星 昭和15年10月1日)発見でした。

カニンガムが発見した彗星は当初13等級で暗いものでしたが、12月に入って少しずつ明るさを増し、翌年の1月には1等級の明るさまで達っしています。

岡林・本田彗星は発見時8等級で比較的明るいものでしたが、その後特に明るくなるということはありませんでした。しかし、この彗星はその後たくさんの彗星を発見することになる本田氏の最初の記念すべき彗星となっています。実際、翌年の1月21日に早くも二つ目の彗星(フレンド・リース・本田彗星)を発見しています。
by iruka-boshi | 2010-09-29 23:53 | プラネタリウム | Comments(0)